タイ政府が2024年7月に導入したデスティネーション・タイランド・ビザ(DTV)が、今日で施行から丁度1年を迎えた。申請件数は35,000件を突破し、量的には目覚ましい成功を収めている。しかし、この表面的な成功の陰で、約束されていた180日間の国内滞在延長が機能しないという深刻な実施上の問題が浮き彫りになっている。
当初の期待と現実のギャップ
DTVは2024年5月28日の閣議決定を経て、同年7月15日に施行された。パンデミック後の経済回復を狙い、リモートワーカーやデジタルノマドを誘致する切り札として位置付けられた。ビザの特徴は、5年間有効の数次入国ビザで手数料が10,000バーツ、1回の入国につき最大180日間の滞在が可能という点だった。
特に注目されたのは、タイ国内で1,900バーツの手数料を支払うことで、さらに180日間の滞在延長が可能という規定だった。これにより、出国することなく約1年間の継続滞在が理論上は可能とされていた。
DTVの導入効果は確実に現れている。バンコクが2025年デジタルノマド都市ランキングで世界1位を獲得したことも、このビザ制度の成果の一つといえる。パンガン島のような地域では、従来の短期観光地から長期滞在デジタルノマドの拠点へと性格が変化し、地域経済への深い関与が見られるようになった。
約束されない延長制度の機能不全
しかし、DTVの中核的な価値提案である国内での滞在延長が、実際には「大部分においてフィクション」となっている実態が明らかになった。法律専門家や利用者からの報告によると、タイ各地の入国管理局で延長申請を試みても、「多くの事務所が延長を拒否している」状況が続いている。
この問題の根源は、DTVが観光・スポーツ省主導で策定されたのに対し、実際の延長手続きを管轄する入国管理局が政策策定プロセスに関与していなかったことにある。両組織間の省庁間連携の欠如と、根本的に異なる組織文化の衝突が、現場での混乱を生み出している。
入国管理官は、公式要件にはない書類(タイの銀行口座明細書など)を要求したり、明確な手続きが存在しないことを理由に延長申請を単純に拒否したりするケースが頻発している。結果として、DTV保有者は180日ごとに出国・再入国する「ビザラン」を余儀なくされ、当初約束されたシームレスな長期滞在という価値提案が根底から覆されている。
意図せざる経済的副作用
DTVの成功は、皮肉にも政府自身の高付加価値ビザプログラムに悪影響を与えている。タイランド・エリート・ビザとの間で深刻な価格競争が発生し、「カニバリゼーション」現象が起きている。
DTVは10,000バーツの手数料で5年間の滞在資格を提供するのに対し、最も安価な5年間のエリートカードでも650,000から900,000バーツの費用がかかる。機能的に類似した二つの製品のこの極端な価格差により、潜在的なエリートビザの顧客がDTVを選択する流れが加速している。
タイ語メディアは、エリートビザを運営するタイランド・プリビレッジ・カード社が表明した懸念を報じており、政府は同様の機能を持つ低価格製品と高級製品を同時に市場に投入し、自社製品同士で競合させるという戦略的な不整合を露呈している。
BKK IT Newsが見る今後の展望
DTVプログラムが抱える問題は、本質的な政策の失敗ではなく、実施と官僚機構の連携における失敗である。現状を放置すれば「詐欺ビザ」としての悪評が定着し、より安定した制度を持つマレーシアのような競合国へと人材が流出するリスクがある。
解決のためには、最高レベルの政治的リーダーシップによる断固とした介入が必要だ。入国管理局に対し、DTV保有者の180日間滞在延長を義務付ける法的拘束力のある公式規則を官報に掲載し、延長申請に必要な書類を最小限に限定する明確な指針が不可欠である。
同時に、バンコク、チェンマイ、プーケットなどの主要都市の入国管理センターに、DTV延長申請専用のカウンターを設置し、専門的な研修を受けた職員を配置することで、全国で一貫した運用を保証する必要がある。
企業が取るべき対応
日系企業にとって、DTVの動向は重要な意味を持つ。デジタルノマドやリモートワーカーの増加は、新たなサービス需要を生み出す機会となる一方で、現在の混乱状態は投資判断を複雑化させている。
企業は、DTVを活用した人材誘致や市場開拓を検討する際、現在の延長制度の不安定性を十分に考慮し、代替案も含めた柔軟な戦略立案が求められる。また、政府の制度改善動向を注視し、タイミングを見計らった投資展開を準備することが重要だ。
参考記事
- Thailand Emerges As Southeast Asia’s Remote Work Capital As DTV Visa Completes One Year With Strong Demand And Community Transformation
- Thailand’s Digital Nomad Visa Surpasses 35,000 Applicants in Its First Year
- Thai “DTV Visa Extension Denied”?
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