タイでHuawei AIチップ「Ascend 910B」の営業活動本格化 ~アジア市場での覇権争い~

タイでHuawei AIチップ「Ascend 910B」の営業活動本格化 ~アジア市場での覇権争い~ AI
AIIT

中国の通信大手ファーウェイ(華為技術、Huawei)が、自社開発のAIチップ「Ascend 910B」の顧客獲得を目的として、タイと中東地域で積極的な営業活動を展開している。これは米国の半導体制裁を回避し、AI分野でのシェア拡大を図る戦略的な動きだ。タイはアジア太平洋地域におけるAIハブを目指しており、Huaweiの攻勢は米中技術覇権争いがASEANに本格波及していることを示している。

米国制裁からの迂回戦略

Huaweiは2019年以降、米国商務省のエンティティリストに掲載され、アメリカの半導体技術へのアクセスが制限されている。この制裁により、同社はスマートフォン事業からの実質的撤退を余儀なくされた。同時に、ChatGPTの爆発的普及により生成AI市場が急拡大する中、NvidiaのGPUが供給不足となり、代替チップへの需要が高まっている。

Huaweiは2020年にファブレス半導体会社HiSiliconを通じてAscend 910Bを開発した。このチップは7ナノメートルプロセスで製造され、AIモデルの学習と推論の両方に対応する。性能面ではNvidiaのH100に劣るものの、大幅に安価で調達しやすいという優位性を持つ。

米国が主導する対中制裁網は、日本、韓国、台湾、オランダなど主要半導体製造国を巻き込んでいる。しかし、東南アジア地域は制裁の対象外であり、Huaweiにとって重要な突破口となっている。

タイのAI国家戦略との合致

タイ政府は「国家AI戦略2022-2027」において、2027年までに1000万人のAIユーザー育成を目標に掲げている。AWS、Google、Microsoft、アリババクラウドが総額3兆円規模の投資を決定するなど、データセンター投資ラッシュが続いている。

しかし、これらの投資の多くは推論用途に特化しており、AI学習に必要な高性能チップの確保は課題となっている。Huaweiが提供するAscend 910Bは、この需要ギャップを埋める選択肢として注目されている。

タイ政府のクラウドファースト政策により、政府機関220機関で75,000台の仮想マシンがクラウドに移行している。この過程で、コスト効率に優れるHuaweiチップへの関心が高まっている可能性がある。

地政学的影響と課題

Huaweiの営業活動は、タイを米中技術競争の最前線に押し上げている。米国は既にタイ・マレーシアへのAIチップ輸出制限を検討しており、Huaweiの攻勢はこの動きを加速させる可能性がある。

タイは伝統的にバランス外交を重視しており、米中どちらか一方に偏ることを避けてきた。タイのBRICSパートナー国参加戦略も、この姿勢の延長線上にある。

一方で、セキュリティ面での懸念は残る。Huaweiチップを使用したAIシステムは、データの機密性や国家安全保障の観点から論議を呼ぶ可能性がある。欧州諸国では既にHuawei製品の政府調達からの排除が進んでおり、タイでも同様の議論が起こる可能性がある。

日系企業への影響

タイに進出している日系企業にとって、この動きは複雑な影響をもたらす。コスト面では、安価なHuaweiチップの利用により、AIシステム導入のハードルが下がる可能性がある。特に製造業でのAI導入コストが削減されれば、生産性向上に寄与する。

しかし、日本政府の対中技術規制政策との整合性が問題となる。日系企業がHuaweiチップを使用することで、本社との技術共有や日本市場での事業展開に制約が生じる可能性がある。

今後の展望

BKK IT Newsの見解では、Huaweiのタイでの営業活動は短期的には成功する可能性が高い。タイ政府のAI推進政策、コスト競争力、地政学的バランス外交が追い風となるためだ。

ただし、米国の制裁強化や日本を含む同盟国の圧力により、中長期的な展望は不透明だ。特に、タイが高所得国入りを目指すThailand 4.0戦略において、どの技術パートナーを選択するかは極めて重要な判断となる。

企業は技術選択において、コスト効率と地政学的リスクのバランスを慎重に検討する必要がある。同時に、複数の技術パートナーとの関係維持により、リスク分散を図ることが賢明だ。米中技術覇権争いの激化により、企業レベルでの戦略的判断がこれまで以上に重要になっている。

参考記事