タイ製造業の転換点 インダストリー4.0が迫る変革の波

タイ製造業の転換点 インダストリー4.0が迫る変革の波 AI
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タイ製造業が歴史的な転換点を迎えている。2025年6月のエレクトロニクス製造技術展「NEPCON Thailand 2025」で発せられた警鐘は明確だった。「変革なくして生き残りなし」──タイの製造業は、インダストリー4.0への移行を加速させなければ、国際競争力を失うリスクに直面している。

製造業を取り巻く危機感の高まり

NEPCON Thailand 2025では、光学製品大手Lumentum社のプロン・コンサブト氏が強い危機感を示した。「タイの製造業は伝統的な手法に固執できない。インダストリー4.0へのシフトに乗り遅れる」という警告は、単なる技術更新の推奨ではない。変革を怠れば、グローバルなサプライチェーンから脱落しかねないという切迫した現実を反映している。

展示会では、最先端技術が数多く紹介された。RS Groupは「イノベーションからトランスフォーメーションへ」をテーマに、AI駆動のソリューションを展示。Acroviewは最大3,500 UPHの処理能力を持つ全自動チッププログラマーを発表した。これらの技術は、AIを活用した品質管理、次世代EVやAIチップの信頼性試験など、インダストリー4.0の中核トレンドを具体的に示している。

地政学的追い風が変革を後押し

タイの危機感を増幅させているのは、米中貿易摩擦という外的要因だ。2018年頃から激化する技術覇権争いは、世界のサプライチェーンを根本から変えている。多くのグローバル企業が「チャイナ・プラスワン」戦略を加速させ、中国一極集中のリスク回避を進めている。

この世界的なサプライチェーン再編で、タイは最有力な移転先として浮上した。ASEAN中心の戦略的立地、整備されたインフラ、政府の積極的投資誘致策が評価され、海外直接投資(FDI)が急増している。特にEV、電子部品、半導体といった高付加価値産業への投資が顕著で、これらはまさにインダストリー4.0の高度な生産能力を必要とする分野だ。

タイランド4.0の戦略的枠組み

この変革は突発的なものではない。タイ政府が2016年に打ち出した「タイランド4.0」構想の延長線上にある。中所得国の罠を脱却し、効率性主導型経済からイノベーション主導型経済への転換を目指す国家戦略だ。

タイランド4.0は、成長エンジンとして10(後に13に拡大)の「Sカーブ産業」を特定している。次世代自動車、スマートエレクトロニクスなどの「第1のSカーブ」と、ロボット、デジタル、医療ハブなどの「未来のSカーブ」だ。この構想の地理的中核が東部経済回廊(EEC)で、チョンブリー、ラヨーン、チャチュンサオの東部3県に大規模インフラ投資を行い、特別なインセンティブを提供している。

スマート生産を支える三つの技術

タイのインダストリー4.0を駆動するのは、AI、半導体、フォトニクス(光技術)という三位一体のテクノロジーだ。これらはスマートファクトリーの「頭脳」「神経系」「循環器系」として機能する。

AIは学習、分析、意思決定を担う「頭脳」だ。膨大な生産データからパターンを学習し、リアルタイムでの品質検査、予知保全、プロセス最適化を実現する。タイではAWS、Googleなどが国内でハイパースケールデータセンター建設に巨額投資を行い、AIの基盤整備が急速に進んでいる。

半導体は現実世界の信号を検知し、機械を制御する「神経系」だ。タイは長年、半導体の後工程(組み立て、検査、パッケージング)で強みを持ってきた。政府とBOIは、より付加価値の高い先端パッケージングやウェハー製造への投資誘致を積極化している。

フォトニクスは情報を高速伝送する「循環器系」だ。AIブームにより光トランシーバーの需要が爆発的に増加している。Lumentum社がタイ工場で光トランシーバーの生産能力を大幅増強するなど、タイは世界的なフォトニクス生産拠点として台頭している。

自動車産業の創造的破壊

インダストリー4.0の影響は業界によって異なる。自動車産業では、EVシフトが既存サプライチェーンを根底から揺るがす「パラダイムシフト」を引き起こしている。政府は2030年までに国内自動車生産の30%をゼロエミッション車にする「30@30」政策を掲げ、30億ドル超の中国EV投資を呼び込んだ。

しかし、これは日系企業中心の内燃機関(ICE)車向けサプライチェーンに深刻な挑戦を突きつけている。約2,300社の既存部品サプライヤーが、新たなEVサプライチェーンから排除される懸念が高まっている。BOIは既存ICE部品メーカーの設備更新支援と新EV投資誘致のバランスを取ろうとしているが、この政策の成否がタイ自動車産業の未来を左右する。

中小企業の壁が最大の課題

タイの製造業変革における最大の課題は、企業数の85%を占める中小企業(SME)の対応の遅れだ。調査によれば、タイ産業界の70%が「インダストリー2.0」以下のレベルに留まっており、その大半をSMEが占めている。

SMEが直面する課題は三つに集約される。スマートファクトリー化に必要な設備への初期投資資金の不足、経営者自身のインダストリー4.0への理解不足、そして従来のやり方を変えることへの組織的抵抗だ。政府はBOIを通じたSME向け税制優遇措置の拡充、デジタル経済振興機関(depa)のBDSプログラムによる導入支援を進めているが、この「SMEの壁」を乗り越えることが国家戦略成功の鍵となる。

人材育成が急務

もう一つの深刻な課題が、高度なデジタルスキルを持つ人材の圧倒的不足だ。タイ国内で必要とされるAI専門家は10万人だが、有資格者はわずか2万1,000人という推計もある。この「人材の崖」への対応として、政府は重点分野の学生への奨学金拡充、産業界との連携教育改革を進めている。

EECでは、ブラパー大学が三菱電機と共同で「EECオートメーションパーク」を設立し、スマートファクトリーの実践的スキルを学べるトレーニングセンターを運営している。これは産業界のニーズを直接カリキュラムに反映させる「Education 4.0」の先進的取り組みだ。

今後の展望と企業の対応

BKK IT Newsは、タイのスマート生産への移行は地政学的好機を捉え、国家経済を次の段階へ引き上げる絶好の機会と見ている。しかし、その成功は中小企業の変革支援、戦略的人材育成、EV化に伴う産業構造転換の管理にかかっている。

企業は今、三つの戦略的判断を迫られている。第一に、自社の技術レベルを客観的に評価し、インダストリー4.0への移行計画を策定すること。第二に、政府のインセンティブを活用した設備投資と人材育成への積極的取り組み。第三に、変化する市場環境に適応するための事業戦略の見直しだ。

タイの産業政策は、海外投資を「誘致」する段階から、その技術や資本を国内企業が「吸収」し、自律的なイノベーション・エコシステムを構築する段階へと軸足を移している。この転換期にいかに適応できるかが、今後の企業競争力を大きく左右するだろう。

参考記事

Thailand urged to make move into smart production – Bangkok Post
Eastern Economic Corridor Automation Park
Thailand Board of Investment – Industry 4.0 Incentives
Thailand Digital Economy Promotion Agency
Eastern Economic Corridor Office of Thailand