バンコク都庁にAI降雨予測システム ~ウェザーニューズと共同開発、洪水対策を革新~

バンコク都庁にAI降雨予測システム ~ウェザーニューズと共同開発、洪水対策を革新~ AI
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バンコク都庁と日本のウェザーニューズが共同開発した降雨予測システムが本格稼働を始めている。AIを活用したこのシステムは、5分間隔で3時間先までの降水現象を予測可能だ。バンコクの長年の洪水問題に対する画期的な解決策として期待が高まっている。

長年続く洪水問題への取り組み

バンコクは地理的特性により、毎年定期的な洪水に見舞われやすい構造となっている。特に2011年の大規模洪水では、1300万人以上が影響を受け、経済的損失は1.4兆バーツ(約457億ドル)に達した。

これまでバンコク都は排水トンネルの建設や排水ポンプの増強を進めてきた。現在、7,000km以上の排水管を維持し、IoT技術でシステム全体を運用している。しかし、急速な都市化により不透水面が増加し、従来の構造的対策だけでは限界が見えていた。

この背景から、より先進的な予測技術の導入が不可欠との認識が高まった。これが日本のウェザーニューズ社との提携に繋がる主要な動機となった。

ウェザーニューズとの提携開始

バンコク都庁とウェザーニューズは2023年3月31日に自然災害リスク軽減・管理強化に関するMOU(協力覚書)を正式に締結した。バンコク都のチャッチャート・シッティパン知事は、ウェザーニューズの降雨予測の精度を高く評価しており、来る雨季における洪水対策の強化に大きな期待を表明していた。

協力の範囲は多岐にわたる。バンコク都はウェザーニューズに対し、リアルタイム観測データとCバンドレーダーデータを提供する。また、ウェザーニューズが設置するEAGLEレーダー、ライブカメラ、気象観測所の設置場所とスペースを提供することに合意した。

一方、ウェザーニューズは、バンコク都から得られる気象レーダーや雨量計のデータを活用し、バンコクを中心に5分間隔で3時間先までの降水現象を予測する。そのデータをバンコク都に提供している。さらに、バンコクおよびその周辺に高密度な気象観測ネットワークを構築する計画も含まれている。

AI技術による高精度予測システム

このシステムは、深層学習や流体力学モデルを統合したAIベースの降水ナウキャスティングシステムを中核としている。複数のモジュールを組み合わせることで、高精度な予測を実現している。

観測データは、バンコク都から提供されるCバンドレーダーデータと雨量計データに加え、ウェザーニューズが設置するXバンドレーダー(EAGLE Radar)やIoTセンサー、ウェブカメラからの高密度な観測データを統合して活用する。特にXバンドレーダーは、より局地的な降雨を詳細に捉える能力を持つため、都市部の集中豪雨の把握に貢献する。

5分間隔という短時間での予測更新は、フラッシュフラッドのような急速な状況変化に対応するために不可欠だ。このリードタイムにより、当局が避難計画を策定し、緊急資源を配備するための重要な時間的余裕を提供する。

期待される効果と市民への貢献

このシステムが提供する3時間前予測により、洪水管理の効率性が向上し、意思決定者は必要な情報にタイムリーにアクセスできるようになる。予測システムは潜在的な浸水場所を特定し、リアルタイムで状況を監視するのに役立つ。

経済的側面では、正確な降雨予測と早期警戒により、企業が生産活動を一時停止したり、在庫を移動させたり、従業員の安全を確保したりするための時間を与える。これにより経済活動の中断を最小限に抑えることに貢献する。

システムからのリアルタイム情報は、スマートフォンアプリやソーシャルメディアを通じて市民に提供される。市民は自身の安全確保や避難行動をより迅速かつ適切に行うことが可能となる。バンコク都は、緊急警報システム(Emergency Alert System)を「Fondue+」プラットフォームを通じて開発しており、ユーザーはリアルタイムでインシデントの種類や場所などの通知を受け取ることができる。

今後の課題と展望

システムの効果を最大化するためには、いくつかの重要な課題に取り組む必要がある。現在のシステムは決定論的予測に依存しているが、不確実性や代替シナリオを考慮した確率的予測への移行がより効果的な洪水管理に必要だ。

洪水対策は、予測システムだけでなく、構造的対策と非構造的対策をバランス良く組み合わせる必要がある。特に、バンコクでは不透水面の増加が課題であり、都市の「多孔性」を高めることが重要だ。雨水貯留機能を持つ緑地や透水性舗装の導入は、排水システムへの負荷を軽減し、都市の浸透能力を高める。

市民の信頼と参加も重要な要素だ。AIベースの予測システムに対する市民の信頼と受容は、その有効性を左右する。システムの信頼性に関する理解を深めるための継続的な情報提供と教育が不可欠となる。

BKK IT Newsとしては、この降雨予測システムがバンコクの洪水対策に質的・量的な変化をもたらし、都市のレジリエンスを大幅に向上させると考えている。特に、データ駆動型のスマートシティ管理への移行を加速させる効果は大きい。

国際的モデルとしての可能性

この降雨予測システムは、バンコク都が目指すスマートシティ化の一環であり、データとAIを活用した意思決定の基盤を強化するものだ。バンコク都は、洪水だけでなく、火災、犯罪、交通事故、PM2.5汚染、地震、暴風雨、干ばつ、化学物質災害、疾病など、10種類のリスクを分析する「BKK Risk Map」も運用している。今回のシステムはその一部として統合され、都市のレジリエンスが多角的に向上することが期待される。

ウェザーニューズとバンコク都の提携は、気候変動がもたらす都市の課題に対し、先進技術と官民連携で対応するモデルケースとして、UNDRR(国連防災機関)の仙台防災枠組自主的コミットメントオンラインプラットフォームにも紹介されている。これは、他の主要都市が気候変動対策としてインフラやサービスを強化する上で、重要な示唆を与える可能性がある。

バンコクの取り組みは、気候変動の影響を強く受けるアジアの他のメガシティにとって、技術導入、官民連携、データ共有、市民参加といった面で具体的なロードマップを提供する。これは、グローバルな気候変動適応戦略における「都市間協力」の重要性を高めるものと言える。

タイの日系企業にとっても、このような先進的な災害管理システムの導入は事業継続性の向上に直結する。従来の「事後対応型」から「事前行動型」への移行は、サプライチェーンの安定化やリスク管理の高度化につながる重要な変化である。

参考記事

  • WeatherNews Inc. Partners with Bangkok to Combat Climate Threats: https://gbd.weathernews.com/thailand/posts/thailand-news-20240320-en
  • NEWS – Weathernews Inc.: https://global.weathernews.com/wp-content/uploads/2023/04/20230421EN-2.pdf
  • Bangkok floods, reducing urban risk in a changing climate | UNDRR: https://www.undrr.org/news/bangkok-floods-reducing-urban-risk-changing-climate
  • Thailand’s floods: complex political and geographical factors behind the crisis: https://www.iied.org/thailands-floods-complex-political-geographical-factors-behind-crisis
  • BMA unveils innovative solutions to combat disasters at SITE 2025: https://pr-bangkok.com/?p=507554