タイとベトナムが包括的戦略的パートナーシップに関係を格上げし、デジタル貿易円滑化に関する一連の覚書を締結した。2025年5月から7月にかけて行われたこれらの合意により、両国間の貿易額は現在の210億ドルから250億ドルへの拡大が見込まれている。デジタル決済システムの統合、Eコマースプラットフォームの相互接続、ペーパーレス貿易の推進が、中小企業の越境取引を大幅に簡素化する。
長期的準備が実を結んだ包括的協定
タイとベトナムのデジタル貿易協力は突然生まれたものではない。ベトナムは2025年1月に「世界初の包括的なデジタル技術産業法」を施行し、Tech by Vietnam戦略を本格的に始動させた。この法律により、スタートアップ企業への50%補助金、外国テクノロジー企業への長期法人税減免、デジタル専門家への5年間所得税免除などの大胆なインセンティブを導入している。
一方、タイも着実にデジタル基盤を整備してきた。越境ペーパーレス貿易のスコアは2015年の44.44%から2025年には77.78%まで向上し、全体の貿易円滑化スコアも69.89%から88.17%に改善した。両国ともASEANデジタル経済枠組協定(DEFA)の2025年末締結に向けて積極的に取り組んでおり、今回の二国間協定はその先駆けとなる位置づけだ。
2013年に戦略的パートナーシップを結んだ両国が、2025年5月のタイ首相ベトナム訪問で包括的戦略的パートナーシップに格上げしたことは、デジタル貿易協力の強固な政治的基盤を提供している。
複数の覚書が生み出すシナジー効果
今回のデジタル貿易円滑化は単一の覚書ではなく、相互に関連する複数の合意から構成されている。最も重要なのは、便利で迅速かつ低コストな越境決済システムの開発加速に関する合意だ。これにより、従来の国際送金で数日かかっていた決済が数分で完了するようになる。
ベトナム商工省とタイ商務省の経済貿易協力覚書は、サプライチェーンの接続性、貿易促進、貿易防衛の分野での実質的な協力基盤を構築した。タイ輸出入銀行とベトナムBIDV銀行の覚書では、グリーンビジネスと現代産業への金融支援体制も整備される。
民間セクターでは、ベトナム商工省とタイのセントラル・グループが提携し、ベトナム製品のタイ市場アクセスを促進する具体的な仕組みが動き出している。これらの多層的アプローチが相乗効果を生み、単独の協定では不可能な包括的なデジタル貿易環境を実現する。
中小企業に開かれる越境貿易の新時代
最も注目すべき変化は、中小企業の越境貿易参入障壁の大幅な低下だ。従来、国際貿易は複雑で費用がかかり、主に大企業に限られていた。しかし、デジタル化された決済システム、合理化されたEコマースプラットフォーム、ペーパーレス貿易プロセスにより、中小企業でも容易に越境取引に参加できるようになる。
ベトナムが2024年12月に立ち上げた初の双方向越境卸売EコマースプラットフォームVIPO Mallは、特に農業および漁業の輸出を促進することを目指している。タイの農産物生産者にとって、仲介業者を介さずに直接ベトナム市場にアクセスする新たなルートが開かれる。
製造業では、石油化学、電子機器、半導体分野でのサプライチェーン連結が強化される。タイがEV部品やAIハードウェア生産のハイテク投資誘致を目指す中、ベトナムとの効率的なデジタル貿易ルートは競争力向上の重要な要素となる。
観光業でも、シンガポール-タイ-ベトナムクルーズルートや直行便の計画と連動し、シームレスなデジタル決済システムが観光体験を向上させ、収入増加に貢献する見込みだ。
地政学的リスク軽減への戦略的意義
この協定は単なる経済協力を超えた戦略的意義を持つ。米国がベトナムに中国テクノロジーからの分離を促し、タイに対しても36%の関税圧力をかける中、両国は外部依存のリスク分散を図る必要に迫られている。
ASEANデジタル経済枠組協定が規制調和により年間150億〜200億ドルのコンプライアンス費用削減と、取引コスト30%削減を目指す背景には、グローバル貿易の不安定性に対する地域的な回復力強化がある。統一されたデジタル貿易システムは、外部からの経済ショックに対する緩衝材となり、企業により安定した予測可能な環境を提供する。
ベトナムの積極的なデジタル産業育成と外国人専門家誘致、タイのデジタル競争力強化への取り組みは、両国が技術的自律性を高め、地域内での相互依存関係を深化させる戦略と読める。
BKK IT Newsの見解:実施成功の鍵となる課題
今後の成功には、いくつかの重要な課題への対処が不可欠だ。まず、規制の不均衡への対応が求められる。ベトナムの新しいEコマース法による販売者識別義務化や越境プラットフォーム規制と、タイの既存システムとの整合性確保が必要となる。
サイバーセキュリティの強化も急務だ。デジタル取引拡大に伴い、オンライン詐欺や知的財産侵害のリスクが高まる。両国がそれぞれ進めるサイバー犯罪対策の協調と、2025年署名予定の国連サイバー犯罪条約への準拠が重要になる。
人材育成では、ベトナムが外国人デジタル専門家に提供する5年間ビザと労働許可免除制度と、タイのデジタルスキル開発イニシアチブとの連携により、両国間の専門知識交流を促進する必要がある。
この包括的なデジタル貿易協定は、ASEANを世界的な貿易の不安定性から守る地域統合の重要な一歩となる。二国間での成功事例は、より広範なASEANデジタル統合のモデルケースとなり、地域全体の経済レジリエンス強化に貢献するだろう。
参考記事
- Vietnam, Thailand issue joint statement on elevation of ties to comprehensive strategic partnership – Vietnam+
- Thailand to push for conclusive ASEAN digital economy pact by 2025
- Promoting Vietnam – Thailand economic and trade cooperation through new MOU
- Trade Facilitation and Paperless Trade in Thailand
- Why ASEAN’s new Digital Economy Framework Agreement is a game-changer