タイのAI国家戦略が本格始動 ~2027年までに1000万人のAIユーザー育成目指す~

タイのAI国家戦略が本格始動 ~2027年までに1000万人のAIユーザー育成目指す~ AI
AIデジタルガバナンス

タイ政府が推進する「国家AI行動計画(2022-2027年)」が本格的な実行段階に入っている。高等教育科学研究イノベーション省とデジタル経済社会省の協力のもと策定された同計画は、2027年までに経済と国民生活の質向上を目標とする包括的な戦略だ。AI準備度指数で2020年の世界60位から2022年には31位へと大幅改善を果たしたタイが、次の段階として「国民に開かれたAI」の実現に向けて動き出している。

6月25日には、パトンタン・シナワット首相がユネスコとの協力のもと、AI倫理に関する第3回ユネスコグローバルフォーラム(GFEAI 2025)を初めてタイで開催。「AI Ethical Governance in Action」をテーマに、AI分野におけるタイの国際的な役割を高める姿勢を鮮明にした。首相は会議で「AIが欺瞞ではなく真実の力であり、分断ではなく参加のためのツールであり、恐怖ではなく進歩の原動力であるべき」と強調した。

5つの戦略で包括的アプローチ

タイの国家AI行動計画は、「高効率な人工知能技術の開発と応用を促進し、2027年までに経済と国民生活の質を向上させるための、完全かつ統合されたエコシステムを構築する」というビジョンのもと、5つの主要戦略を掲げている。

第1戦略の「社会・倫理・法規制の準備」では、60万人以上の国民がAIを認識し、少なくとも1つのAI関連法規の施行を目標とする。AI利用者の信頼と安全を確保し、国内外からのAIビジネス投資を促進する狙いだ。

第2戦略「AIインフラと支援システムの開発」では、データ接続やデータセンター、スーパーコンピューターなどのデジタルインフラを確立。タイ政府のAI準備度指数を世界50位以内に引き上げ、官民のAI関連デジタルインフラ投資を年間10%増加させることを目指す。具体例として、タイ語の大規模基盤言語モデル「ThaiLLM」が官民連携により開発され、オープンソースAIインフラの構築を進めている。

第3戦略「人材育成とAI教育の強化」が最も野心的な目標を掲げる。一般AIユーザー1000万人、AI専門家9万人、AI開発者5万人の育成を計画。この大規模な人材育成は、AIエコシステムの持続的成長に不可欠な労働力と専門知識を確保するための政府の強いコミットメントを示している。

国際協力と倫理重視の姿勢

タイのAI戦略で特筆すべきは、技術開発と並行して倫理的・法的枠組みの整備を重視している点だ。AI生成コンテンツにメタデータを義務付けることで出所を明確にし、国民が情報源を知る権利を保障する提案も検討されている。

GFEAI 2025の開催は、タイがASEAN地域におけるAI倫理のリーダーシップを目指す姿勢の表れでもある。ユネスコのAI倫理に関する勧告に沿った責任あるAI開発と利用を推進し、地域におけるAIガバナンス実践センター(AIGPC)の設立を通じて、ベストプラクティスと地域協力を促進する計画だ。

経済・社会への波及効果

タイのAIスタートアップは2021年から2022年にかけて売上が25%(約450億バーツ)増加し、ITハードウェアやソフトウェア産業よりも12.5倍速い成長を遂げている。政府は農業、公衆衛生、観光といった主要産業へのAI適用を通じて、生産性向上とサービス改善を図る方針だ。

「タイのデジタル政府開発計画2023-2027年」との連携により、公共サービスの効率化と透明性向上も期待される。AIを活用した政府サービスの改善により、デジタルデバイドを解消し、国民が公平に政府サービスにアクセスできる環境整備を目指している。

課題と今後の展望

一方で、データ共有における課題の克服や、急速に変化するAI技術への適応が今後の課題となる。国民のAI技術に対する懸念(雇用喪失や個人情報漏洩など)を継続的に解消するための粘り強い努力も必要だ。

2030年までに世界のAI経済は15.7兆米ドルに成長し、そのうち9兆米ドル以上がアジアからの貢献と予測される中、タイは明確な戦略と国際協力により、この成長の恩恵を最大化しようとしている。AI準備度指数の大幅改善は、タイのAI戦略の明確さと準備状況が国際的に評価されていることを示しており、将来的な国際協力や外国からの投資誘致にも有利に働く可能性が高い。