タイEV市場に激震 NETAの破綻が浮き彫りにする中国資本の脆弱性

タイEV市場に激震 ~NETAの破綻が浮き彫りにする中国資本の脆弱性~ タイ政治・経済
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NETA破綻の衝撃とタイへの波及

中国の電気自動車(EV)メーカー、浙江合衆新能源汽車(Hozon Auto)が2025年5月に正式な破産手続きに入った。同社が展開するNETAブランドは、タイのEV市場で急成長を遂げていただけに、その影響は深刻だ。

NETAの親会社は2021年から2023年の間に累計180億元を超える損失を計上。2024年10月以降は賃金未払い、人員削減、工場閉鎖が相次ぎ、ついに上海の広告会社からの破産申立てを受けて法的手続きが開始された。

タイ事業の急速な悪化

NETAは2023年3月にタイ初の海外生産拠点を設立し、バンコクで現地生産を開始していた。しかし親会社の破綻により、タイでの事業は即座に停止状態に陥っている。

最も深刻なのは販売実績の急落だ。2025年最初の5ヶ月間の販売台数は1,256台と前年同期比43%減少。2024年第1四半期にはタイEV市場で13%のシェアを獲得していたが、現在は急速に市場での地位を失っている。

生産面でも問題は深刻だ。NETAはタイ政府のEV 3.0補助金プログラムの下で、2025年末までに19,000台の現地生産が義務付けられているが、実際の生産台数はわずか4,000台にとどまっている。

20億バーツ超の補助金返還リスク

NETAは2024年後半に4億バーツの補助金を受け取っており、累計では20億バーツ以上に達する可能性がある。生産目標の大幅未達成により、これらの補助金をタイ政府に返還する義務が生じる見込みだ。

タイ政府は物品税局を通じて、その後の補助金支払いを既に遅らせている。一方で、EV市場全体への混乱を避けるため、EV 3.5スキームへの移行により生産期限を2027年末まで延長することも検討している。ただし、この場合はより厳しい条件が課され、輸入台数の2~3倍の生産が求められる。

ディーラー網の崩壊と消費者への影響

NETAのディーラーネットワークは急速に縮小している。3月から5月末までに66店舗から53店舗に減少し、さらなる閉鎖が予想される。

2025年6月13日には、18のNETAディーラー代表者が物品税局に苦情を申し立てた。彼らは合計2億バーツを超える損失に直面しており、NETAが中国からの承認が必要として支払いを繰り返し遅らせたと主張している。

消費者への影響も深刻だ。タイ消費者評議会は、車両登録の困難、スペアパーツの継続的な不足、サービスセンターの突然の閉鎖に関する苦情の急増を報告している。部品の遅延により、一部の修理には最大10ヶ月かかるケースも発生している。

「投げ売り」が示すブランドの危機

NETAタイは在庫処分のため、NETA V-IIモデルの価格を54万9,000バーツから29万9,000バーツに劇的に引き下げている。多くの場合、保証なしでの販売となっており、これは同社の苦境を如実に物語っている。

この「投げ売り」戦略は短期的な現金確保には寄与するものの、ブランド価値の著しい毀損を招いている。保証なしでEVを購入することは、特に高価なバッテリー部品を考慮すると、消費者にとって極めて大きなリスクとなる。

タイEV市場全体への影響

NETAの破綻は、タイのEV市場全体に深刻な影響を与えている。消費者の中国EVブランドに対する信頼が揺らぎ、EV購入に慎重になる傾向が見られる。

タイのEV市場は中国ブランドが支配的で、BYDが市場リーダー、MGやGWMなどの強力なプレーヤーも存在する。激しい価格競争が繰り広げられる「レッドオーシャン」と表現される市場環境の中で、NETAの破綻は他の中国ブランドにも警鐘を鳴らしている。

政府のEV政策見直しへの影響

タイ政府はEV生産ハブを目指しており、NETAの事例は外国企業誘致政策の見直しを促している。財政的に不安定な企業の急速な拡大がもたらすリスクが明確になったためだ。

今後の政策では、初期の販売促進だけでなく、長期的な市場安定性と消費者保護により重点が置かれる可能性が高い。より厳格なデューデリジェンスと、強固なアフターサービス体制の義務付けが検討されるだろう。

日本企業への示唆

NETAの破綻は、タイ市場における日本企業の優位性を再確認させる出来事でもある。日本企業は長期的なパートナーシップを重視し、現地での雇用創出や技術移転を通じて地域社会に貢献してきた。

短期的な市場シェア獲得よりも持続可能な関係構築を重視する日本企業の姿勢は、今回のような危機の際にその価値が明確になる。アフターサービス体制の充実や、現地パートナーとの長期的な信頼関係は、一朝一夕には構築できない競争優位性となっている。

NETAショックを機に、タイの自動車市場では改めて「持続可能性」と「信頼性」の重要性が問われている。この変化は、誠実な事業運営を続けてきた日本企業にとって、新たな機会となる可能性が高い。