タイのEコマース市場が2024年に1.1兆バーツのマイルストーンを達成した。前年比14%成長という大幅な拡大の背景には、TikTok Shopの革新的な「ショッパーテイメント」モデルが大きく影響している。動画コンテンツと購買を融合したこの仕組みは、タイの消費者行動を根本から変化させており、企業にとって新たな戦略の見直しが必要となっている。
Eコマース市場急成長の背景
タイのEコマース市場は2018年の751億バーツから2024年の1.1兆バーツまで6年間で約1.5倍に拡大した。この急成長を支えたのは三つの要因である。
第一にデジタルインフラの整備が挙げられる。2025年初頭でインターネット普及率は91.2%に達し、モバイル接続数は人口の139%に相当する9,950万件に上る。スマートフォン経由でのインターネット利用は96%を占め、消費者の95%がモバイル端末でオンラインショッピングを行っている。
第二にデジタル決済の浸透が進んだ。政府のPromptPay推進により、QRコード決済の利用率は世界第3位の61.5%を記録した。現在のオンライン決済では銀行振込が40%、デジタルウォレットが25%を占める一方、代金引換は10%まで減少している。
第三に政府のデジタル経済政策が成長を後押しした。2030年までにデジタル経済のGDP貢献度を30%に引き上げる目標のもと、2025年度は25.3億バーツの予算を計上している。
TikTok Shopの「ショッパーテイメント」革命
TikTokは従来のEコマースモデルを根本から覆している。ユーザーが動画視聴中にアプリを離れることなく即座に商品を購入できる仕組みが、「発見型の購買行動」を生み出している。
2024年にTikTok Shop のライブコマースは500%以上の成長を記録した。ライブショッピングのコンバージョン率は特定イベント時に9.8%に達し、GMVの70%がクリエイターによって生み出されている。注目すべきは、TikTok Shopでの購買の62%が衝動買いという点だ。
インフルエンサーマーケティングも重要な要素となっている。クリエイター主導のコンテンツは、ブランド制作のコンテンツと比較して2.3倍高いコンバージョン率を生み出す。タイの消費者はコミュニティのトレンドから購買インスピレーションを得る傾向が強く、この特性がTikTokの成長を加速させている。
従来プラットフォームの対応
TikTokの台頭により、ShopeeやLazadaも戦略転換を余儀なくされている。両プラットフォームとも動画・ライブストリーミング機能の導入を強化している。
市場シェアを見ると、Shopeeが75%の利用率で49%の市場シェア、Lazadaが67%の利用率で30%の市場シェア、TikTok Shopが51%の利用率で21%の市場シェアとなっている。TikTokは新参ながら急速にシェアを拡大している状況だ。
経済・社会への多面的影響
Eコマースの成長は雇用市場にも変化をもたらしている。ロジスティクス、ソフトウェア開発、ライブストリーミング、フィンテック分野で新たな雇用が創出される一方、従来の実店舗型小売業では一部の雇用が影響を受けている。
中小企業にとっては機会と課題が混在している。TikTok Shopは約1万の地元販売者にワークショップを提供しデジタル化を支援している。しかし海外の低価格製品との競争激化により、35.1%の中小企業が売上減少を報告している一方、17.5%は売上増加を経験している。
消費者行動も大きく変化している。利便性とシームレスな体験への嗜好が強まり、「クイックコマース」(数分以内の配達)は年20-30%の成長が見込まれている。
規制環境の整備
政府は急速な市場拡大に対応すべく規制強化を進めている。電子取引開発庁(ETDA)は年間取引額1億バーツ以上のプラットフォームを「ハイインパクト」として指定し、Shopee、Lazada、Alibabaなど19社に厳格なコンプライアンスを求めている。
特にTikTokの「自己優遇」慣行に対する懸念も表明されている。インドネシアでTikTok Shopが一時禁止された事例もあり、タイ政府は公正な競争確保に向けた新ガイドライン策定を進めている。
今後の展望と企業戦略
市場は2027年に1.6兆バーツまで成長すると予測されている。この成長を取り込むため、企業は以下の戦略が重要となる。
第一に「ショッパーテイメント」への対応だ。魅力的な動画コンテンツとライブ販売機能の導入、インフルエンサーとのパートナーシップが不可欠となる。
第二にモバイル最適化の推進だ。消費者の利便性重視に応えるため、迅速なチェックアウトやワンタップ購入機能の導入が求められる。
第三にマルチプラットフォーム戦略の展開だ。TikTokの成長は著しいが、ShopeeやLazadaも依然として市場を牽引している。製品カテゴリーや顧客の購買プロセスに合わせた戦略が必要となる。
タイのEコマース市場は単なる規模拡大を超え、消費者行動と企業戦略の根本的変革を迫っている。BKK IT Newsとしては、この変化に適応した企業戦略の見直しが急務と判断している。デジタル化の波は今後さらに加速し、適応の遅れは競争劣位に直結するリスクを孕んでいる。
参考リンク
- Thai e-commerce hits 1 trillion baht milestone amid TikTok shopping boom – Nation Thailand
- E-Commerce in Thailand: Market Size and Statistics 2024-2027
- Digital 2025: Thailand — DataReportal
- Thailand tightens e-commerce control – Bangkok Post
- TikTok Shop sees 8X seller growth for Year-End season – The Story Thailand