2025年7月2日、アリババクラウドがマレーシアとフィリピンで新たなデータセンターを稼働させると発表した。同社は今後3年間でAIインフラに530億ドルという巨額投資を行うと明言している。この動きは、東南アジアのクラウド市場における中国勢の本格的な攻勢を意味する。
中国企業の東南アジア戦略が鮮明に
アリババクラウドは2015年からシンガポールを海外本部として東南アジア展開を進めてきた。タイでは2022年に初のデータセンターを設置し、2025年2月には2番目のデータセンターを稼働させている。この一連の動きは、単なる商業的拡大を超えた戦略的意図が読み取れる。
地政学的な視点から見ると、米国の高度なAIチップ輸出規制に対応する側面も指摘されている。中国企業が米国技術への過度な依存なしに高性能インフラにアクセスできる環境を整備することで、地域における中国の技術的影響力を強化する狙いがある。
データ主権への配慮が不可欠
アリババクラウドは現地のコンプライアンス対応を強調している。タイではPDPA(個人情報保護法)への準拠、マレーシアやシンガポールでも各国の規制要件に対応している。しかし、中国の国家情報法が企業に情報提供義務を課している現実を考慮すると、機密性の高いデータの取り扱いには慎重な判断が求められる。
タイ企業のAI導入率は18%に上昇し、73%の企業が導入を計画している。この高い意欲は理解できるが、クラウドプロバイダー選択時には技術的優位性だけでなく、データ主権やセキュリティリスクも総合的に評価する必要がある。
競争激化がもたらす恩恵と課題
一方で、クラウド市場の競争激化は確実にメリットをもたらす。AWSは2025年1月にタイのデータセンターリージョンを既に開設しており、今後15年間でタイのGDPに100億ドル貢献するとしている。複数の大手プロバイダーが競争することで、サービス品質の向上とコスト削減が期待できる。
実際に、タイやベトナムの中小企業では、アリババクラウド上のSAP Business Oneを利用してTCOを40%削減した事例が報告されている。GoTo GroupやVisionTechなどの企業も、インフラコストを25-30%削減している。
日系企業の対応策
日系企業は以下の点を考慮した戦略的対応が必要だ。
まず、セキュリティとプライバシーポリシーの詳細確認である。プロバイダーがどの国の法律に準拠し、どのような条件でデータアクセスが可能かを契約前に徹底的に確認すべきだ。
次に、コンプライアンス要件の整合性確認である。自社が属する業界の規制要件と、選択したプロバイダーの対応範囲が一致するかを慎重に検証する必要がある。
最後に、初期選択の重要性を認識することだ。クラウドサービスは一度導入すると、システムの移行や変更には多大なコストと時間を要する。そのため、将来的にリスクが顕在化する可能性のある事業者に重要なデータを預けるべきではない。
冷静な判断が求められる局面
アリババクラウドの技術力とコスト競争力は確かに魅力的だ。しかし、技術的メリットだけでなく、長期的なリスクも考慮した総合的な判断が求められる。特に、知的財産や顧客データを扱う企業は、データ主権の観点からプロバイダー選択を慎重に行う必要がある。
東南アジアのクラウド市場は新たな局面を迎えている。日系企業は、この競争環境を活用しながらも、自社のビジネス特性に応じたリスク管理を怠らないことが重要である。技術的恩恵を享受しつつ、長期的な事業継続性を確保するバランスが問われている。