タイのデジタル経済社会省(MDES)が新たなAI技術を導入しました。違法ウェブサイトの特定から裁判所への閉鎖命令請求まで、従来の31.5倍の高速化を実現する「WebD」システムです。2025年には違法サイトの閉鎖件数を前年比70.7%増加させる目標を掲げています。
この技術革新は、タイの日系企業にとって新たな課題と機会をもたらします。
背景にある深刻な問題
タイでは長年にわたり、オンライン犯罪が深刻化していました。オンラインギャンブル、詐欺サイト、コールセンター詐欺、フェイクニュースが社会問題となっています。ECサイトでの詐欺や投資詐欺による国民の経済的被害は甚大です。
従来の対策には限界がありました。職員による手動での発見、証拠収集、裁判所への書類提出というプロセスは非常に時間がかかっていました。犯罪者が次々と新しいサイトを立ち上げるスピードに、行政の対応が追いつかない状況でした。
現政権は断固とした姿勢を示しています。プラサート・ジャンタルアンルアントン副首相兼デジタル経済社会大臣は、オンライン犯罪の撲滅を最重要政策の一つとして掲げました。24時間対応の「AOC 1441」オンライン詐欺対策センターも設立しています。
WebDシステムの威力
新しいWebDシステムは従来の手法を根本から変えます。AIとRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を活用して、プロセス全体を自動化・高速化しています。
2024年10月から2025年2月までの5ヶ月間で、既に8万件以上の違法URLをブロックしました。前年同期比で1.5倍の実績です。しかし被害額は依然として大きく、より抜本的で迅速な対策が必要でした。
WebDシステムの導入により、この状況は大きく変わります。31.5倍の高速化は画期的です。
企業が注意すべきポイント
このAI導入は企業活動に影響を与える可能性があります。特に注意すべき点があります。
誤判定のリスクがあります。AIによる自動判定の精度が100%でない場合、合法的なウェブサイトを誤って「違法」と判断する「偽陽性」のリスクがあります。企業のウェブサイトが誤って対象になる可能性も否定できません。
表現の自由への影響も懸念されます。政府に批判的な意見を掲載するサイトが誤ってブロックされるリスクが指摘されています。企業の情報発信活動にも影響が及ぶ可能性があります。
犯罪手口の巧妙化も予想されます。取り締まりが強化されれば、犯罪者側もAIによる検知を回避する新たな技術を開発するでしょう。企業も新たな脅威に対する備えが必要になります。
期待される効果
一方で、ポジティブな効果も期待されます。
オンライン環境の安全性が向上します。違法サイトが迅速に閉鎖されることで、国民が詐欺や不適切コンテンツに接触する機会が大幅に減少します。
経済的損失の抑制効果もあります。オンライン詐欺による被害額は年間数百億バーツに上ると言われています。取り締まり強化によって詐欺被害が減少すれば、デジタル経済全体への信頼性が向上します。EC市場などの健全な発展が期待できます。
法執行機関の効率化も進みます。AIが初期段階の発見・証拠収集を自動化することで、警察や検察は、より悪質な犯罪組織の追跡にリソースを集中できるようになります。
企業に求められる対応
日系企業には具体的な対応が求められます。
まず、自社のウェブサイトやオンラインサービスが適切に運営されているかの再確認が必要です。コンプライアンス体制の見直しも重要です。
また、新たな技術的脅威に対する備えも欠かせません。犯罪者の手口が巧妙化する中で、セキュリティ対策の強化は急務です。
同時に、デジタル経済の信頼性向上は新たなビジネス機会でもあります。安全なオンライン環境が整備されることで、EC事業や決済サービスの拡大が期待できます。
まとめ
タイ政府のWebDシステム導入は、デジタル社会の新たな段階を示しています。31倍の高速化は画期的な進歩です。しかし、新技術の導入には光と影があります。
企業は誤判定リスクに注意を払いつつ、安全なオンライン環境がもたらす機会を活用する必要があります。適切な準備と対応により、この変化を成長の機会に変えることができるでしょう。
法的手続きとの連携も重要な課題です。AIによる処理が高速化されても、裁判所の承認プロセスがボトルネックになれば効果は限定的です。司法手続きとのスムーズな連携が今後の成功の鍵を握っています。