米関税交渉が生む経済不安 ~タイGDP予測2.8%から1.8%へ下方修正~

米関税交渉が生む経済不安 ~タイGDP予測2.8%から1.8%へ下方修正~ タイ国際外交・貿易
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タイ国家経済社会開発評議会(NESDC)が7月7日、2025年のGDP成長率予測を大幅に下方修正しました。従来の2.8%から1.3%~2.3%(中央値1.8%)への修正です。この背景には、米国との相互関税交渉の不確実性があります。

関税36%なら成長率は1.8%に

NESDCは具体的な数値を示しています。米国がタイからの輸出品に最大36%の関税を課した場合、GDP成長率は約1.8%に留まるとの見通しです。これは当初予測から1%もの下振れを意味します。

米国の関税政策は7月9日に猶予期間が終了する予定です。現在、ほとんどの輸入品に10%の基本関税が課されています。しかし交渉が決裂すれば、タイは最大36%という高関税に直面する可能性があります。

巨額の貿易黒字が交渉の焦点

2024年の米国の対タイ財貿易赤字は456億ドルに達しました。これは前年比11.7%の増加です。この巨額の貿易不均衡が、米国の関税措置の根拠となっています。

タイ商務省の試算によると、高関税により年間70億~80億ドルの損失が生じる可能性があります。鉄鋼、アルミニウム、自動車、半導体、医薬品などの主要品目が対象です。

タイ政府の交渉戦略

ピチャイ財務大臣は、米国との交渉を加速させる姿勢を示しています。タイは以下の譲歩案を提示しています。

貿易黒字削減計画
– 5年以内に460億ドルの貿易黒字を70%削減
– 7~8年で貿易均衡を目指す

米国産品の輸入拡大
– 液化天然ガス(LNG):年間100万トン(5億ドル相当)
– ボーイング航空機:最大80機の購入検討
– 農産物:トウモロコシ、大豆、牛肉の輸入増加

タイ政府は10%から20%の関税率を目標に交渉しています。ベトナムが20%で合意したことがベンチマークとなっています。

産業別への影響予測

電子機器・自動車産業
米国向け輸出の主力である電子機器や自動車部品は深刻な影響を受けます。関税により競争力が低下し、生産拠点の移転リスクも指摘されています。

農業セクター
米国産農産物の輸入拡大により、国内農家は価格競争に直面します。一方で、安価な飼料作物の確保により畜産業にはメリットもあります。

エネルギー産業
LNGやエタンの輸入コスト削減により、石油化学産業は恩恵を受ける可能性があります。

国内の構造的問題も深刻化

タイ経済は米関税以外にも課題を抱えています。高水準の家計債務、民間消費の停滞、政治的混乱が経済の足かせとなっています。

2025年第1四半期の成長率は3.1%でした。しかしこれは関税導入前の「駆け込み輸出」による一時的な押し上げ効果です。民間消費は2.6%、民間投資は0.9%減少と、内需の弱さが目立ちます。

中央銀行の対応策

タイ中央銀行は緩和的な金融政策を維持する方針です。政策金利は2.25%から1.75%に引き下げ済みです。さらなる緩和も辞さない構えを見せています。

中銀のシナリオ分析では、低関税の場合で2.0%成長、高関税の場合で1.3%成長と予測しています。最悪のケースではGDPがマイナス成長に転じる可能性も示唆されています。

日系企業への示唆

在タイ日系企業にとって、この状況は重要な転換点です。米国市場向けの生産拠点としてタイを活用している企業は、サプライチェーンの見直しが必要になる可能性があります。

一方で、タイ政府の市場多様化戦略は新たな商機を生む可能性もあります。ハラル市場、中央アジア、中東への展開支援策が検討されています。

今後の展望

7月9日の期限を前に、交渉の行方が注目されます。タイ政府は「Win-Win」の解決策を模索していますが、トランプ政権の予測不能性が不確実性を高めています。

経済の下振れリスクに備え、企業は複数のシナリオを想定した事業計画の見直しが求められます。特に輸出依存度の高い製造業では、市場分散やコスト削減策の検討が急務となるでしょう。


参考記事リンク
NESDC revises GDP forecast – Bangkok Post
Thailand to offer US more trade concessions to avert 36% tariff – Nation Thailand
Tariff Uncertainty Weighs on Thailand’s Economic Growth Potential – International Banker