DTVビザがもたらすタイビジネス界への影響 ~5年間滞在可能な新制度の全貌~

DTVビザがもたらすタイビジネス界への影響 ~5年間滞在可能な新制度の全貌~ タイノマド
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タイ政府が昨年7月に運用を開始したデスティネーション・タイランド・ビザ(DTV)が注目を集めている。このビザは、デジタルノマドやリモートワーカーを対象とした5年間有効の長期滞在ビザだ。観光業に依存してきたタイ経済の構造転換を狙う政策として位置づけられる。

DTVビザの基本構造

DTVは複数回入国が可能なビザで、1回の入国につき最大180日間の滞在が認められる。この180日間は、現地の入国管理局でさらに180日間延長できる。つまり、1回の入国で最大360日間の連続滞在が可能となる。

申請者は20歳以上で、過去3ヶ月間の銀行残高が50万バーツ以上必要だ。申請はタイ国外の大使館や領事館、またはe-Visaシステムで行う。タイ国内からの申請はできない。

対象者は大きく3つのカテゴリに分かれる。第一に、デジタルノマド、リモートワーカー、フリーランサーといったワークケーション目的の申請者。第二に、ムエタイ、タイ料理教室、医療ツーリズムなど、タイのソフトパワーに関連する活動への参加者。第三に、配偶者や20歳未満の子供といった扶養家族だ。

重要な点は、タイ国外の企業に雇用されている場合、労働許可証が不要なことだ。ただし、タイ国内企業での就労は禁止されている。

タイ政府の戦略的狙い

DTVの導入背景には、タイの経済戦略の転換がある。コロナ禍で観光業の脆弱性が露呈した経験から、政府は経済の多様化を急務としている。

デジタルノマドの平均年収は123,573米ドルとされ、一般的な観光客より高い消費が期待される。タイのデジタル経済はGDPの約6%を占め、ASEAN地域で2番目の規模だ。政府は2025年に4,000万人以上の外国人訪問者という目標を掲げており、DTVはその重要な施策となる。

また、タイは現在AI専門家が不足している。必要な10万人のポジションに対し、国内には約2万1千人の専門家しかいない。政府はGoogleやAWS、Microsoftといった大手企業のデータセンター投資を誘致し、地域のデータハブとしての地位確立を目指している。DTVは、こうした技術系人材のパイプライン構築にも寄与すると期待される。

他の長期滞在ビザとの比較

タイには既に長期居住者(LTR)ビザやタイエリートビザが存在する。DTVとの主な違いは対象者と条件だ。

LTRビザは10年間有効で連続滞在が可能だが、富裕層や高所得リモートワーカーが対象となる。海外源泉所得の免税という税制優遇もある。一方、DTVは50万バーツの残高証明で申請でき、より多くのデジタルノマドがアクセスしやすい。

タイエリートビザは高額なメンバーシップ費用が必要で、投資家や富裕層向けだ。DTVは比較的手頃な費用で長期滞在を実現できる点が特徴となる。

実務上の課題

DTVには運用面での課題も存在する。最も深刻なのは銀行口座開設の問題だ。現在、多くのタイの銀行はマネーロンダリング対策を理由に、DTV保持者の新規口座開設を認めていない。銀行はDTVを観光ビザとして分類する傾向があり、長期居住の証明として認識していない。

この状況は、政府の政策意図と金融機関の実務との乖離を示している。家賃の支払いや日常の買い物、各種アプリとの連携など、基本的な金融サービスにアクセスできない問題が生じている。

税制面では、暦年で180日以上滞在すると税務上の居住者とみなされる。その場合、タイに送金された海外源泉所得は課税対象となる。タイの個人所得税は累進課税で最大35%の税率が適用される。ただし、60カ国以上と締結した二重課税防止条約により、本国での納税分は控除される。

ビジネス界への影響

DTVの導入は、タイのビジネス環境にも変化をもたらしている。コワーキングスペースやサービスアパートメントの需要が増加し、関連ビジネスが活況を呈している。

デジタルインフラの整備も進んでいる。主要都市では平均300Mbpsを超える高速インターネットが利用可能で、5G接続も普及している。データセンター投資も活発で、2025年第1四半期のデジタルサービス産業への投資額は前年同期の5倍に達した。

一方で、既存の駐在員制度や就労ビザ取得者との競争も懸念される。DTVで入国したデジタルノマドが実質的に現地企業で働くケースや、労働許可証を回避する手段として悪用される可能性もある。

今後の展望

DTVは開始から約1年が経過し、運用面での課題が明らかになってきた。政府は銀行口座開設問題の解決や税制の明確化といった実務面の改善に取り組む必要がある。

BKK IT Newsとしては、DTVがタイの経済構造転換における重要な実験と捉えている。成功すれば、観光業依存からの脱却とデジタル経済の発展に大きく寄与するだろう。ただし、制度の安定性と実用性の確保が前提となる。

タイでビジネスを展開する日系企業にとって、DTVは新たな人材確保の選択肢となる可能性がある。リモートワークの普及により、優秀な人材を世界中から誘致する機会が広がっている。DTVの動向は、今後のタイビジネス環境を理解する上で重要な指標となるだろう。

参考記事

  1. Destination Thailand Visa | DTV Visa Thailand 2025 | ThaiEmbassy …
  2. タイの観光政策と税制改革が外国人に与える影響 – THAIBIZ
  3. Thailand: The Ultimate Digital Nomad Hub in 2025 | Aster Lion
  4. Thailand’s Digital Future Key to Boosting Growth – World Bank
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