2025年12月10日、タイとカンボジアの国境が完全に閉鎖された。この措置により、両国間の貿易は事実上停止し、月間120億バーツの経済損失が発生している。物流の寸断、労働者の大量帰国、観光業への打撃が重なり、タイ東部・東北部の経済は深刻な危機に直面している。
紛争の経緯
タイとカンボジアの国境問題は、1904年と1907年のフランス植民地時代の条約に端を発する。条約本文では「分水嶺」に沿って国境を引くと合意されたが、フランス側が作成した地図は一部の地域でこれを無視していた。この地図と地形の不一致が、プレアヴィヒア寺院周辺など複数の係争地を生んできた。
2008年にはプレアヴィヒア寺院の世界遺産登録を契機に武力衝突が発生し、2011年まで断続的に続いた。今回の紛争も同様の構図で、両国のナショナリズムと国内政治が絡み合っている。
2025年の緊張は5月に始まった。「エメラルド・トライアングル」と呼ばれる三カ国国境地帯で小競り合いが発生し、7月には「5日間戦争」と呼ばれる激しい戦闘で48名が死亡した。10月にはトランプ米大統領の仲介で「クアラルンプール和平合意」が成立したものの、11月の地雷事件をきっかけに合意は破綻した。
過去記事:タイ・カンボジア国境危機2025年11月~和平崩壊が引き起こす経済的警告
経済損失の実態
タイ荷主協議会とタイ工業連盟の試算によると、国境閉鎖による直接的な経済損失は月間120億バーツに達する。紛争前の月間貿易額は160億〜180億バーツだったが、7月以降は99.9%減少した。
特に深刻なのは以下のセクターである。
エネルギー分野では、タイはカンボジアにとって最大の精製燃料供給国だった。しかし、カンボジア政府は7月にタイからの燃料輸入を禁止した。PTTはカンボジアへの投資を引き揚げ、長期的な市場喪失が決定的となった。
消費財分野では、カンボジア国境諸州で消費財の約80%がタイ製品で占められていた。しかし、国境閉鎖と「タイ製品ボイコット運動」により輸出は停止した。カンボジアの消費者はベトナム製品や中国製品へシフトしており、タイ企業は市場シェアを失うリスクに直面している。
物流面では、陸路が遮断されたためレムチャバン港からシアヌークビル港への海上輸送へ切り替えが進んでいる。物流コストは25%〜40%上昇し、配送日数も1日から5〜7日に延びた。
労働市場への衝撃
経済損失以上に深刻なのが、カンボジア人労働者の大量帰国である。7月以降、40万人から90万人の労働者がタイを去ったと推定されている。報復への恐怖、当局による取り締まりの噂、労働許可証更新の困難が帰国を加速させた。
農業分野では、チャンタブリー県やトラート県の果樹園で収穫作業員が不足している。漁業・水産加工分野では操業率が低下し、建設業でも工期の遅れが報告されている。
タイ政府は代替措置として、スリランカから1万人の労働者を受け入れるパイロットプロジェクトを承認した。しかし、言語やスキルのミスマッチが懸念されている。
観光業への影響
米国大使館は国境から50km圏内を「渡航中止」区域に指定した。これにより、トラート県のチャーン島、クッド島、マーク島で欧米人観光客のキャンセルが相次いでいる。タイ国政府観光庁はトラート県だけで12月に48.9億バーツの収入を見込んでいたが、達成は困難な状況である。
今後の見通し
BKK IT Newsの見解として、この紛争は短期的な解決が難しいと考えられる。12月12日のトランプ大統領による再度の仲介も、タイ側に否定されている。
両国のナショナリズムが高まる中、外交的妥協は政治的に困難である。紛争が3ヶ月以上長期化した場合、年間の貿易損失は500億〜800億バーツに達するとの試算もある。
企業の対応策
現状を踏まえ、以下の対応を検討する価値がある。
サプライチェーンの見直しとして、カンボジアからの原材料調達に依存している企業は、代替調達先の確保を検討できる。特にキャッサバやスクラップ金属などは影響が大きい。
労働力確保の多角化として、カンボジア人労働者への依存度が高い企業は、ベトナム、ラオス、ミャンマーからの労働者、あるいはスリランカ人労働者の採用も選択肢となりうる。
物流ルートの再検討として、陸路から海路へのモーダルシフトは避けられないが、コスト増を価格転嫁できるかどうかの検討が必要である。
参考記事リンク
- Thailand-Cambodia Border Conflict 2025 | Britannica
- Security Alert: Escalation of Armed Conflict Along the Thailand-Cambodia Border | U.S. Embassy Thailand
- Border shutdown batters 6 Northeast provinces | Nation Thailand
- Thailand Turns to Sri Lanka to Plug Labour Gap | Kiripost
- 2025 Cambodia‒Thailand conflict | Wikipedia


