タイBOI、15プロジェクト2,400億バーツ承認 ~データセンター中心、Thailand FastPassで迅速化

タイBOI、15プロジェクト2,400億バーツ承認 ~データセンター中心、Thailand FastPassで迅速化 クラウド
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タイ投資委員会(BOI)は2025年12月11日、エグニティ副首相兼財務大臣の議長の下で15の大型プロジェクトを承認した。総投資額は2,400億バーツを超える。その中核を占めるのは、11件のデータセンター投資で、総額1,847億4,000万バーツ、全体の約77%に達する。この承認は、タイがASEAN地域のデジタルインフラ拠点として本格的に機能し始めたことを示している。

11のデータセンタープロジェクト

承認されたデータセンタープロジェクトは、いずれも数百億バーツ規模である。最大のプロジェクトはK2 Strategic Infrastructure(308億バーツ)とGSA Data Center(306億バーツ)の2つだ。

GSA Data Centerは、タイのエネルギー大手Gulf Energy、シンガポールの通信大手Singtel、タイの通信大手AISの合弁事業である。エネルギー供給、国際接続、国内ネットワークの3つを統合したプロジェクトとなる。K2 Strategic Infrastructureは、マレーシア系クオック・グループ傘下のK2 Data Centresに関連する投資と見られる。

Thai DC One(221億バーツ)、STClean Planet(206億バーツ)、Tong Nan Data(206億バーツ)も200億バーツを超える。Tong Nan Dataは後述する「Thailand FastPass」制度の第一弾対象に選定されており、政府の重要視が窺える。

その他、Current(198億バーツ)、TD Data International(130億バーツ)、STT GDC(93億バーツ)、Prime Megawatt(74億バーツ)、Daria Data Center and Cloud Services(66億バーツ)、Smart Megawatt(38億バーツ)が承認された。

電力供給が競争優位性に

今回の承認案件には明確な傾向がある。エネルギー企業の参入と電力供給能力の重視だ。

GSA Data CenterへのGulf Energy参画は象徴的である。Prime MegawattとSmart Megawattという社名も、電力容量を強調している。AIサーバーは従来のサーバーと比較して桁違いの電力を消費する。データセンター事業では、通信回線以上に電力供給が競争優位性となる。

STClean Planetという社名は、環境配慮型の次世代データセンターを示唆する。GoogleやMicrosoftなどのハイパースケーラーは、100%再生可能エネルギーで事業を運営する目標を掲げている。グリーンエネルギーへのアクセスは、大型顧客の獲得に不可欠である。

今回の承認案件には、Blue Sky Wind Powerの風力発電事業(56億バーツ、90メガワット)も含まれる。デジタルインフラ投資と再生可能エネルギー投資を同時に承認したことは、政策の一貫性を示している。

Thailand FastPass制度で迅速化

今回のBOI会議では、Thailand FastPass制度の導入も決定された。これは戦略的プロジェクトについて、承認から実際の投資実行までの期間を最小化する仕組みである。

対象は投資額10億バーツ以上で、高度な技術を使用し、経済的インパクトの大きい案件だ。第一弾として16プロジェクト、総額1,700億バーツ相当が選定された。

FastPassの支援内容は3つある。第一に、環境影響評価、建築許可、土地利用許可などの許認可手続きを、関係省庁と連携して短縮する。第二に、データセンターにとって重要な電力供給の確約書発行を迅速化する。第三に、高度外国人材の入国・就労手続きをワンストップで処理する。

ただし条件もある。認定から6ヶ月以内に、総投資額の20%以上を実際に投資しなければならない。この条件により、単なる枠の確保を防ぎ、実体経済への即効性のある資金注入を担保する。

データセンター分野からはZenith Data CenterとTong Nan Dataが第一弾に選定された。バイオテクノロジーのBraskem Siam、先進電子部品のFabrinetなども含まれる。

シンガポールからの需要流入

タイがデータセンター投資を引き寄せている背景には、シンガポールの事情がある。長年、東南アジアのデータセンターハブはシンガポールだった。しかし2019年、シンガポール政府は電力と土地の制約からデータセンターの新設を一時凍結した。その後も厳しい環境基準を課したため、ハイパースケーラーは代替地を探し始めた。

マレーシアのジョホールバルとインドネシアのジャカルタも候補地となった。しかしタイは電力供給の安定性で優位性を示した。タイは伝統的に30%近い高い電力予備率を維持してきた。米中どちらの陣営にも属さない中立的な立場も、投資を引き寄せる要因となっている。

今回の承認ラッシュは、シンガポールから溢れ出した需要をタイが本格的に受け止め始めたことを示している。

過去10年の政策の積み重ね

今回の2,400億バーツ承認は、突発的な出来事ではない。過去10年間の政策の積み重ねが基盤となっている。

2016年に発表された国家戦略「Thailand 4.0」は、タイが中所得国の罠を脱してイノベーション主導型経済へ移行するための青写真だった。この中でデジタル産業は新産業の一つとして位置づけられた。東部経済回廊(EEC)の開発は、この戦略の地理的な実装である。

COVID-19パンデミックは、タイのデジタル化を加速させた。Eコマース、モバイルバンキング、オンライン教育の普及により、データトラフィックが爆発的に増加した。これにより、国内のデジタルインフラの脆弱性が顕在化した。

2023年以降、政府は「Cloud First Policy」を打ち出した。政府機関が自前でサーバルームを構築することを原則禁止し、民間のクラウドサービス利用を義務付けるものである。この政策により、GoogleやMicrosoftなどに対し、タイ政府という巨大な固定客が存在するという強力な投資シグナルを送ることになった。

2024年以降の生成AIの普及は、データセンターの要件を変化させた。従来の汎用サーバーではなく、大量の電力を消費するGPUを搭載したサーバーを冷却・稼働させるための施設が必要となった。今回の承認案件が数百億バーツ規模であるのは、この高密度・高電力仕様に対応するためである。

電力インフラという課題

データセンター投資が稼働すれば、タイの電力消費量は2037年までに約10TWh増加すると予測されている。これは単なる建物の建設ではなく、電力網への巨大な負荷を意味する。

データセンターは24時間365日、安定した大電力を必要とする。瞬時電圧低下すら許されないため、変電所の増強が必要だ。データセンターがバンコク周辺とEECに集中することで、局所的な送電網の逼迫が懸念される。

タイ政府は「Direct PPA」のパイロット導入を決定した。これは、データセンター事業者が太陽光や風力発電事業者から直接クリーン電力を購入することを認める制度である。電力公社経由で再生可能エネルギー証書付きの電力を購入できる制度も整備されている。

電力消費の増大は、直近ではCO2排出量の増加を招く。タイが掲げるカーボンニュートラル目標(2050年)との整合性を保つためには、グリーンエネルギー転換を加速する必要がある。

年間10万人の人材不足

タイではデジタル人材が年間約10万人不足していると試算されている。今回の投資承認により、人材獲得競争は激化する。

データセンター投資は、建設段階では大量の労働者を必要とするが、運用段階では少数の高度専門職しか雇用しない。しかし周辺産業であるクラウドサービス、AI開発、データ分析においては、広範な雇用創出効果が見込まれる。

高度IT人材の給与は急騰している。一般企業がDX人材を確保することが困難になる可能性がある。チュラロンコン大学やCMKL大学などは、AIやクラウドエンジニアリングに特化したカリキュラムを急ピッチで拡充している。

クラウド利用企業への影響

国内にハイパースケールクラウドが存在することで、通信遅延が減り、データ主権の問題が解決される。中小企業は、Google CloudやAWS、Azureなどの高度なツールを、低遅延かつ現地通貨建てで利用しやすくなる。これは生産性向上に直結する。

一方で、恩恵を享受できるのは都市部のリテラシーの高い企業に限られる恐れがある。デジタルインフラの整備がバンコクとEECに集中することで、地方との経済格差が拡大するリスクがある。

データセンターは電力だけでなく、冷却のために大量の水を消費する。EECエリアは従来から水不足が懸念される地域である。農業用水や工業用水との競合が発生する可能性がある。

地政学的な中立性の維持

タイは、米国のハイパースケーラーと、中国のテック企業の双方がインフラを構築する稀有な国である。今回の承認案件でも、欧米系資本と中国系を示唆する資本が混在している。

双方の最先端技術にアクセスできることはメリットである。しかし米中対立が激化した場合、データの取り扱いや半導体の輸出規制などで、両陣営の板挟みになるリスクもある。厳格な中立性の維持が求められる。

今後の展望

2025年12月11日のBOI承認は、タイ経済における製造業一本足からの脱却を告げる号砲である。データセンターへの集中投資は、タイがASEANのデジタルインフラの要衝としての地位を固めつつあることを証明している。

短期的には、建設需要の増大と海外直接投資による通貨安定への寄与が見込まれる。真の試練は2026年以降に訪れる。FastPassによる迅速な着工が実現するか、電力需要に対してグリーンエネルギーを供給できるか、深刻な人材不足を教育改革で埋められるか。

これらの課題を克服できたとき、タイは中所得国の罠を突破し、高付加価値なデジタル経済国家へと変貌を遂げる可能性がある。

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