AWS re:Invent 2025、AIエージェントとカスタムシリコンが描く次世代クラウド ~タイ企業のクラウド戦略に影響も~

AWS re:Invent 2025、AIエージェントとカスタムシリコンが描く次世代クラウド ~タイ企業のクラウド戦略に影響も~ クラウド
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2025年12月、ラスベガスで開催されたAWS re:Invent 2025は、クラウドコンピューティングの新たな方向性を示すイベントとなった。AWSのCEOであるMatt Garman氏は基調講演で、生成AIの段階が「人間がAIと対話する段階」から「AIが自律的にタスクを遂行する段階」へと移行したことを明言した。企業がAI投資からビジネス価値を引き出すための具体的な道筋として、自律型AIエージェント、独自開発のカスタムシリコン、データ主権に対応したソブリンクラウドの3つを提示した。

自律型AIエージェント「Kiro」の登場

AWSが発表した自律型開発エージェント「Kiro」は、これまでのAI開発支援ツールとは一線を画す設計思想を持っている。従来のコーディングアシスタントが開発者の次の数行を予測する「高度なオートコンプリート」だったのに対し、Kiroは開発チームの一員として非同期的にタスクを遂行する「自律的エンティティ」として機能する。

Kiroの特徴は、長時間の自律稼働能力と深いコンテキスト理解にある。一度の指示で数時間から数日間にわたり稼働し続けることが可能で、SlackやJiraの会話履歴、プルリクエストの議論、チーム固有のコーディング規約といった非構造化データもコンテキストとして取り込む。これにより、Kiroはチームの「暗黙知」を学習し、プロジェクトに特化した文脈で適切なコード変更を行うことができる。

Amazonの内部実績として、従来30人の開発者で18ヶ月を要すると見積もられたプロジェクトが、Kiroの導入によりわずか6人の開発者で76日で完了した事例が報告されている。これは従来のツールが提供していた20〜30%の効率化とは次元の異なる、桁違いの生産性向上を示している。

Kiroには「Spec Mode」と呼ばれる機能も搭載されている。この機能では、自然言語で記述された仕様書が単なるドキュメントではなく、システムの実装を規定する「生きたコード」として扱われる。開発者はコードの詳細なロジックを書くのではなく、モジュールの振る舞いや入力・出力の要件を定義することに集中し、Kiroがその仕様に基づいて実装を生成し、整合性を維持する。

カスタムシリコンによる垂直統合戦略

AIエージェントの普及により、計算資源に対する需要は爆発的に増大している。特にエージェントが「思考」する時間は従来のチャットボットと比較して大幅に長くなるため、推論コストの削減とエネルギー効率の向上が重要な課題となっている。

AWSは3nmプロセスを採用した第3世代のAIトレーニングチップ「Trainium3」を発表した。Trainium3は、前世代のTrainium2と比較して計算パフォーマンスが4.4倍、メモリ帯域が約4倍、エネルギー効率が4倍向上している。これらの改善により、AIモデルのトレーニング時間を大幅に短縮できる可能性がある。

注目すべきは、次世代チップ「Trainium4」においてNVIDIAの高速インターコネクト技術「NVLink Fusion」をサポートすることを明らかにした点だ。これにより、Trainium4チップはNVIDIAのGPUと同じサーバーラック内で共存し、高速に通信することが可能となる。AWSは自社技術の垂直統合を推進しつつ、NVIDIAのエコシステムとも接続可能な環境を提供することで、柔軟性を確保する戦略を採用している。

汎用CPUワークロード向けには第5世代となる「Graviton5」が発表された。Graviton5は1チップあたり192コアを誇り、前世代から25%の性能向上を実現している。AWSのトップ顧客の98%がすでにGravitonを採用しているという事実は、クラウド上の汎用計算においてArm時代の到来が決定的になったことを示している。

Amazon Novaファミリーと独自モデル開発

AWSはこれまで他社モデルをホスティングするプラットフォーム戦略に注力してきたが、re:Invent 2025において自社製基盤モデル「Amazon Nova」ファミリーを本格展開した。

最も革新的なモデルは「Nova 2 Sonic」だ。これはSpeech-to-Speechモデルであり、従来の音声認識から音声合成に至るパイプライン処理で発生していた数秒の遅延を排除している。Sonicは数百ミリ秒オーダーの超低遅延で応答し、人間同士の会話のような自然な「割り込み」や「相槌」、感情表現を含んだ対話が可能となっている。

「Nova 2 Omni」は、テキスト、画像、動画、音声を単一のモデルで処理するマルチモーダルモデルだ。長時間の会議動画を入力し、「この会議で決定されたアクションアイテムを抽出し、関連するスライド画像を添付してレポートを作成せよ」といった指示を単一のプロンプトで処理できる。

技術的およびビジネス的に重要な発表が「Nova Forge」だ。これは、企業がAWSの基盤モデルのトレーニングプロセスに介入し、独自のモデルを作成できるサービスである。企業は事前学習、中間学習、事後学習の各段階のモデルチェックポイントにアクセスでき、AWSが持つ高品質な汎用データセットと企業の独自データを任意の比率で混合して再学習を行うことができる。このアプローチにより、汎用的な知能を維持しつつ、自社の専門用語や業務プロセスを深く理解した独自の小規模モデルを作成できる。

データ主権への対応「AWS AI Factories」

地政学的なデータ規制や国家安全保障上の要件が高まる中、AWSは「AWS AI Factories」を発表した。これは顧客のオンプレミスデータセンター内に、AWSが管理するAIインフラを物理的に設置し、あたかもAWSリージョンの一部であるかのようにリモート運用するマネージドサービスだ。

ターゲット市場は国家安全保障に関わる政府機関、防衛産業、厳格なデータ規制を持つ金融・医療機関、そして独自のデータセンター資産を活用したい通信事業者となっている。データが物理的に国境や自社施設の壁を出ないことを保証しつつ、BedrockやSageMakerといった最新のクラウドネイティブなAIサービスを利用可能にする。

この戦略の最初の事例として、サウジアラビアのAI企業「HUMAIN」との提携が発表された。AWSはサウジアラビア国内のデータセンターに「AI Zone」を構築し、最大150,000個のAIチップを展開する計画だ。AWSは今後、グローバルサウスを含む世界各地において、現地の規制や政治的要件に適合した「現地生産型」のAIインフラを構築していく方針を示している。

タイ企業への影響

re:Invent 2025で示された技術的進歩は、タイでビジネスを展開する企業のクラウド戦略にも影響を与える可能性がある。

Kiroのような自律型エージェントの普及は、ソフトウェア開発の職業構造を変える可能性がある。従来ジュニアエンジニアが担っていたバグ修正やテストコード記述といったタスクがAIによって自動化されることで、エンジニアに求められるスキルが「コードを書くこと」から「AIエージェントの成果物を監修し、アーキテクチャを設計すること」へとシフトする可能性がある。

カスタムシリコンによるコスト削減と性能向上は、AI活用のハードルを下げる要因となる。特にGraviton5の採用拡大により、汎用ワークロードにおけるコストパフォーマンスが向上すれば、クラウド利用コストの削減につながる可能性がある。

Nova Forgeのような独自モデル開発サービスは、企業が自社のデータを外部に漏らすことなく、差別化されたAI資産を構築できる選択肢を提供する。これはデータ主権への関心が高まるタイの企業にとって、検討に値するアプローチとなるかもしれない。

AWS AI Factoriesのようなソブリンクラウドソリューションは、厳格なデータローカライゼーション要件を持つ金融機関や政府機関にとって、クラウドサービス利用の新たな選択肢となる可能性がある。ただし、データが物理的に国境を越えなくなることで、グローバルで統一されたサービス提供が難しくなるという側面もある。

BKK IT Newsとしては、タイでビジネスを展開する企業がこれらの技術動向を注視し、自社のAI戦略やクラウド戦略を適切に見直していくことが重要になると考えている。

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