タイ空港公社(AOT)が発表した2025会計年度の決算は、表面的には順調な回復を示している。純利益181億バーツ、総旅客数1.26億人という数字は、パンデミックからの脱却を印象づける。しかし、この数字の裏側では、収益構造の質的な変化が進行している。
増収減益が示す構造転換
2025会計年度の総収益は686億バーツと前年比1.12%増を確保したが、純利益は181億バーツで前年比5.51%の減少となった。航空事業収益は6.60%増加し、発着回数と旅客数の増加に支えられた。一方で、非航空事業収益は6.89%減少し、収益構造の転換を鮮明にしている。
最も注目すべき変化は、非航空収益の比率が50%を割り込んだことだ。かつてAOTは免税店からのコンセッション収入が総収益の過半を占めるビジネスモデルを構築していたが、この構造が崩れつつある。Paweena Jariyathitipong社長代行が「我々はデパートではなく空港である」と発言した背景には、不可逆的な収益構造の変化がある。
キングパワーとの契約再交渉
非航空収益の減少は、免税店大手キングパワー社との契約再交渉問題と密接に関係している。キングパワーは2024年から契約条件の変更を求め、「不可抗力」を理由に7つの要因を挙げた。
到着免税店の閉鎖、ワイン税の減税、商業スペースの回収といった政策的要因に加え、中国人観光客の消費単価低下が深刻な影響を与えている。コンセッション収入は前年比7.65%減少し、AOTの収益基盤を揺るがしている。
AOT取締役会は、契約解除による年間約200億バーツの逸失利益を回避するため、キングパワー側の要求を一部受け入れる妥協を選択した。最低保証額(MAG)の支払猶予を認め、実売上連動型への移行を容認している。この決定は、短期的なキャッシュフロー安定を優先したものだが、中長期的には収益の変動幅が大きくなり、業績予測が難しくなる。
インフラ拡張の成果
財務的な逆風の中でも、AOTは将来を見据えたインフラ投資を継続している。2023年にソフトオープンしたSAT-1(サテライトターミナル1)は、スワンナプーム空港の処理能力を年間6,000万人へと33%向上させた。床面積216,000平方メートル、28のコンタクトゲートを持ち、「世界で最も美しい空港」の一つとして国際的な評価を獲得している。
2024年11月に運用開始した第3滑走路は、空港の発着処理能力を現在の68回/時から将来的には94回/時へと引き上げる。段階的な能力向上により、2026年には47億バーツ、2027年には91億バーツの増収効果が見込まれている。3本の滑走路体制は、1本がメンテナンスで閉鎖された場合でも安定運用を可能にし、ハブ空港としての強靭性を高めている。
観光市場の構造変化
旅客数の回復には地域差が見られる。中国市場は2025年1月から10月で377万人にとどまり、2019年水準(年間1,100万人)には遠く及ばない。経済減速、国内旅行へのシフト、安全懸念が回復を妨げている。
これを補う形で、マレーシア(385万人)、インド(198万人)、ロシア(141万人)が増加している。特にインド市場はビザ免除措置と直行便増加により、新たなボリュームゾーンとして定着しつつある。欧米市場も前年比10%前後の成長を維持しており、タイの観光地としての魅力が維持されていることを示している。
深刻化する労働力不足
航空需要の急回復に対し、人的資源の供給が追いついていない。ベトジェット・タイランドは2028年までに50機体制を目指し、320名のパイロットを新規採用する必要がある。しかし、パンデミック中に多くのパイロットがライセンスを失効させ、再訓練には時間がかかる。
タイ国際航空もボーイングやエアバスの納入遅延により、計画していたワイドボディ機の導入が進まない。2026年前半までに新機材を確保できなければ、新規路線の開設を凍結せざるを得ない状況にある。高等教育科学研究イノベーション政策評議会(NXPO)の調査によれば、今後5年間で航空・物流分野において約44万人の高度人材が必要とされるが、供給体制は不十分だ。
オーバーツーリズムの課題
観光客の集中は、地域社会に新たな摩擦を生んでいる。人気ドラマ『ホワイト・ロータス』シーズン3のロケ地となったプーケットでは、2025年に観光客が殺到し、水不足、交通渋滞、廃棄物処理能力の限界が露呈した。プーケットでは住民1人に対し観光客118人という極端な比率となり、生活コストの高騰や住環境の悪化が報告されている。
廃棄物量は日量1,000トンを超え、年末には1,400トンに達すると予測されている。政府は外国人観光客から300バーツを徴収する「観光税」の導入を検討しているが、観光業界からの反対や徴収システムの不備により、実施は延期され続けている。
タイのハブ戦略の行方
2025年度のAOTの業績は、数字上の回復以上に、その中身の変容に注目すべきだ。純利益181億バーツは立派な数字だが、それは過去のビジネスモデルが崩れ去り、新たなモデルへと脱皮しようとする過渡期の姿である。
スワンナプーム空港の第3滑走路やSAT-1といったハード面の拡張は、タイの国家的資産としての価値を高めた。しかし、それを支えるソフト面には依然として脆弱性が残る。労働環境の改善、地域社会との共生、財政的な持続可能性を担保する包括的な政策運営が求められる。
将来計画として、サウス・ターミナル(予算約1,300億バーツ、処理能力年間7,000万人追加、完成目標2033年)や第4滑走路(予算200億バーツ)の建設も検討されており、最終的には年間1.5億人の旅客を受け入れるメガハブを目指している。しかし、これらの壮大な計画を実現するには、現在直面している人材不足、オーバーツーリズム、そして収益構造の不安定化という課題を克服する必要がある。
BKK IT Newsとしては、AOTのインフラ投資は評価できるものの、持続可能な成長のためには質の向上が不可欠だと考える。観光客数を追うだけでなく、一人当たりの消費額を高める戦略や、環境負荷を低減する取り組みが重要になる。
参考記事
- AOT’s performance rebounds as Suvarnabhumi wins acclaim – Bangkok Post
- AOT Shifts Strategy to Prioritise Core Aviation Revenue Amid Post-Pandemic Transformation – Nation Thailand
- Airports of Thailand (AOT) Earnings: FY Net Income Aligns with Estimates at 18.13 Billion Baht | Smartkarma
- Terminal Turbulence: Thailand Duty Free’s Concession Crisis | FEATURED INSIGHTS
- Their Majesties the King and Queen Grace the Grand Opening of SAT-1 and the Third Runway at Suvarnabhumi Airport


