タイ製造業PMI、29ヶ月ぶり高水準 ~拡大ペース加速も貿易赤字と関税リスクが課題~

タイ製造業PMI、29ヶ月ぶり高水準 ~拡大ペース加速も貿易赤字と関税リスクが課題~ タイ政治・経済
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タイの製造業が力強い回復を示している。2025年10月の製造業PMI(購買担当者景気指数)は56.6を記録し、29ヶ月ぶりの高水準となった。しかし、この好調な数字の背景には、米国関税強化前の「駆け込み生産」や対中貿易依存の深化など、複合的な要因が絡み合っている。

PMI 56.6が示す製造現場の活況

S&Pグローバルが発表した2025年10月のタイ製造業PMIは、前月の54.6から2.0ポイント上昇した。50.0の分岐点を6ヶ月連続で上回り、2023年5月以来の高水準である。

この数値が示すのは単なる統計的な改善ではない。新規受注は過去2年半で最も急速な伸びを記録し、生産高は7ヶ月連続で拡大している。受注残(バックログ)は調査開始以来最速のペースで蓄積されており、需要が供給能力を押し上げている状況だ。

企業は業務量の増大に対応するため、2ヶ月連続で人員を増強している。完成品在庫は5ヶ月連続で減少し、即納対応のための在庫取り崩しが進んでいる。

過去の経緯と構造的変化

タイ製造業のこの回復は、過去数年間の外国直接投資(FDI)が実を結んだ結果でもある。特にEV分野では、BYDが2024年7月にラヨーン県に東南アジア初の工場(年産能力15万台)を開所した。長安汽車やGAC Aionも相次いでタイでの生産を開始している。

エレクトロニクス分野でも動きがある。Western Digitalはアユタヤ県およびプラチンブリ県の工場拡張に230億バーツ(約6億9,300万ドル)の投資認可を取得した。生成AIの普及に伴うデータセンター需要の拡大が背景にある。

プリント配線板(PCB)産業では、地政学的リスクを回避するため、台湾や中国からの生産移転が加速している。2025年にはタイで50箇所の新工場が開設され、世界シェアは3.8%から4.7%へ拡大する見込みだ。

貿易収支の異変と対中依存

製造業の活況の裏で、貿易収支には警戒すべき変化が生じている。2025年10月の貿易収支は34億4,000万米ドルの赤字を記録した。2023年初頭以来最大の赤字幅である。

対中輸入は前年同月比34%増の98億ドルに達し、2025年で最高額となった。特にコンピュータ部品は35%増、鉄鋼製品は58%増と急増している。一方、米国への輸出も33%増の67億ドルへと伸びた。

バークレイズのエコノミストらは、コンピュータ部品や鉄鋼製品における「対中輸入増」と「対米輸出増」の強い相関が、タイが米中貿易戦争の「迂回輸出」拠点として機能している可能性を指摘している。タイ国内での付加価値が十分に高くない場合、原産地規則に抵触するリスクがある。

「駆け込み生産」と関税リスク

2026年のタイ経済にとって最大の不確実性は米国の通商政策である。米政権が一律10〜20%の輸入関税を実行した場合、タイへの影響は甚大となる。

現在の製造業の増産は、2026年の関税発動を見越した「駆け込み需要(フロントローディング)」の側面が強い。関税発動後には需要の反動減が訪れる可能性がある。

米国が「迂回輸出認定」を厳格化すれば、現在急増している対米輸出(特にソーラーパネル、タイヤ、電子機器)が制裁対象となるリスクも存在する。

労働市場のミスマッチ

PMIでは雇用が増加しているとされるが、マクロレベルの労働統計は異なる景色を見せている。2025年第3四半期の雇用者総数は前年同期比0.5%減少した。

この矛盾の背景には「スキル・ミスマッチ」がある。企業が求めるのはEV製造やロボット操作、PCB検査ができる熟練工やエンジニアだ。しかし教育システムは、産業界のニーズと乖離した人材を輩出している。

タイは急速に高齢化しており、2036年には「超高齢化社会」に突入すると予測されている。労働力人口が自然減する中、製造業の拡大を支えるには自動化投資か外国人労働者への依存が必要となる。

中小企業の苦境

PMIが示す好況は、輸出向けの大企業や多国籍企業に集中している。国内の中小企業は苦境にある。

タイの中小企業の約70%は「インダストリー2.0(電化・機械化)」段階に留まり、デジタル技術の活用が進んでいない。最低賃金の400バーツへの引き上げ議論は、労働集約的な中小企業にとって経営圧迫要因となっている。

経済成長はEEC(東部経済回廊)の3県に集中しており、北部や東北部との格差が拡大している。

今後の見通し

BKK IT Newsとしては、現在の製造業ブームが一過性のものとなるリスクを注視している。PMIの高水準が示す好調さは確かだが、その持続性には疑問符がつく。

米国の関税政策次第では、2026年以降に需要の急減が起きる可能性がある。また、対中依存の深化は、米国による「迂回輸出」認定リスクを高める。

企業にとっては、サプライチェーンの原産地管理を厳格化し、関税リスクに備えることが一つの選択肢となる。また、熟練人材の確保に向けた社内育成プログラムの強化や、自動化投資の検討も考えられる。タイ市場での事業継続を計画する上で、これらの構造的課題を踏まえた中長期戦略の見直しが求められる局面にある。

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