タイVAT増税議論が本格化 ~財政規律回復を迫られる政府、レストラン業界は猛反発~

タイVAT増税議論が本格化 ~財政規律回復を迫られる政府、レストラン業界は猛反発~ タイ政治・経済
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タイ政府は2025年11月18日、2029年までに財政赤字をGDP比3%未満に抑制する中期財政計画を閣議決定した。この計画に含まれるVAT増税案は、財政再建を急ぐ財務省と、経済回復を優先する首相の間で対立を生んでいる。外食産業は「二重の負担」を理由に強く反発しており、タイの税制が抱える構造的な問題が浮き彫りになっている。

財政赤字3%未満への道筋

タイ財務省は2029年までに財政赤字をGDP比3%未満に削減する目標を掲げた。2025年現在、財政赤字は4.4%に達している。国際格付け機関のMoody’sとFitch Ratingsは、財政規律の緩みを理由にタイの信用見通しを「ネガティブ」に引き下げる動きを見せている。

中期財政計画(MTFF)の主な数値目標は以下の通りだ。

  • 財政赤字対GDP比:4.4%(2025年)→ 3.0%未満(2029年)
  • 公的債務対GDP比:70%未満を維持
  • 歳入対GDP比:14.8%(2025年)→ 15.1%以上(2029年)

歳入目標の達成には自然増収だけでは困難だ。財務省は消費税にあたるVAT(付加価値税)の引き上げを不可避と見ている。

VAT増税の段階的ロードマップ

エカニティ財務大臣が示したVAT増税案は以下の通りだ。

時期 税率 備考
現在 7% 1997年の通貨危機以降、軽減措置が継続
2028年 8.5% 経済回復を前提に引き上げ
2030年 10% 法定税率への正常化

タイのVAT法定税率は本来10%である。しかし、1997年のアジア通貨危機以降、四半世紀以上にわたり7%に軽減されてきた。財務省の試算では、VATを1%引き上げるごとにGDP比0.5%〜0.7%の追加税収が見込める。

シンクタンクが「待てない」と訴える理由

タイ開発研究所(TDRI)のノナリット上級研究員は、増税の早期実施を強く訴えている。その根拠は3つある。

第一に、「景気が良くなってから」という論理は過去20年以上機能していない。好況期には「水を差すな」、不況期には「弱者に鞭打つな」と言われ、増税のタイミングは永遠に来なかった。

第二に、次の危機に備える財政的余力がない。公的債務が上限に近い現状では、新たな危機が発生した場合、対応手段が限られる。

第三に、少子高齢化が急速に進んでいる。タイは2031年に60歳以上人口が28%を超え「超高齢社会」に突入する見込みだ。高齢者年金予算は2024年の1,100億バーツから2040年には1,660億バーツに膨らむと予測されている。

レストラン業界の「二重の負担」問題

VAT増税に対し、レストラン業界は強く反発している。タイレストラン協会のソラテープ氏は、この構造を「二重の負担」と呼んでいる。

問題の核心は、タイの税制における「免税(Exempt)」の仕組みにある。通常、VATは売上時に受け取った税額から仕入れ時に支払った税額を差し引いて納税する。しかし、タイでは農業保護の観点から、生鮮食品の販売はVAT免税とされている。

レストランが市場から食材を仕入れる際、免税品目のためVATは課されない。しかし、料理として提供すると課税対象となる。差し引くべき仕入れ税額がないため、顧客から預かったVATのほぼ全額を納税することになる。

他の製造業であれば、原材料費に含まれるVATを控除できる。レストラン業界はこの控除の恩恵を受けられず、売上全額に対して課税されているに等しい。業界団体は、コスト吸収が困難な中小レストランの廃業や値上げを警告している。

首相は増税を全面否定

アヌティン首相は公の場で「私が政権運営に関わっている限り、VATは上がらない」と断言している。この発言は財務省の中期計画と明白に矛盾する。

首相は増税の代わりに「タイランド・ファスト・パス」構想を打ち出した。規制や許認可の遅れで停滞している約80の大型プロジェクト(総額約148億米ドル)を加速させ、投資促進による経済成長で税収を増やす戦略だ。

デジタルウォレット政策の頓挫も影を落としている。全成人国民に1万バーツを配布するこの政策は、約5,000億バーツの予算を必要としたが、財源問題で縮小・延期を余儀なくされた。

今後の展望

BKK IT Newsとしては、現政権が任期中はVAT 7%を維持し、増税を2028年以降に先送りする可能性が高いと見ている。ただし、財政赤字が改善しない場合、2026〜2027年に格下げリスクが高まる。

外部ショックにより政府が追い込まれ、早期に増税を決定するシナリオもある。短期的には消費が冷え込むが、中長期的には財政が安定する。

タイが「中進国の罠」を抜け出せるかどうかは、この財政再建問題への対応にかかっている。

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