Google、計算能力1000倍計画を発表~AI推論時代に向けた野心的なインフラ拡張戦略

Googleが計算能力1000倍計画を発表~AI推論時代に向けた野心的なインフラ拡張戦略 クラウド
クラウド

2025年11月、GoogleのAIインフラ部門を統括するAmin Vahdat副社長が、今後4〜5年以内に同社のAI計算能力を現在の1000倍に拡大するという計画を明らかにした。この発表は単なる企業目標の表明を超え、AI産業の構造的転換を予告するものとして業界の注目を集めている。

推論の時代への転換

Googleが打ち出した「6ヶ月ごとに計算能力を倍増させる」という目標は、ムーアの法則を大きく上回るペースである。この急激な拡張が必要とされる背景には、AIのワークロードにおける質的な転換がある。

2022年から2024年にかけての生成AIブームでは、巨大モデルの「学習」が計算需要の中心だった。しかし2025年後半に入り、完成したモデルを運用する「推論」フェーズが主役となった。Vahdat氏が「推論の時代」と呼ぶこの新時代において、AIは複雑な論理的推論、将来の計画立案、外部ツールの操作を行うエージェント機能を備えるようになった。

従来の検索エンジンがミリ秒単位で処理を完了していたのに対し、エージェント型AIの推論は数秒から数分にわたって計算リソースを占有し続ける。Sundar Pichai CEOは、過少投資によってAIレースに敗れるリスクの方が遥かに大きいと強調した。

TPU v7 Ironwoodの技術的優位性

Googleの1000倍計画を支える中核技術が、第7世代Tensor Processing Unit(TPU)のコードネーム「Ironwood」である。Ironwoodの演算性能はFP8で4.6 PFLOPSと、NvidiaのBlackwell B200の4.5 PFLOPSと拮抗している。

しかし決定的な違いは、スケーラビリティの設計思想にある。NvidiaのBlackwellアーキテクチャでは、NVLinkで密結合できるGPUの数は最大72基である。対照的に、Googleの Ironwoodは独自の光回線スイッチとICI技術を組み合わせることで、9,216基のチップを単一のポッドとして、極めて低遅延で結合できる。

GoogleがNvidiaのGPUを大量に購入し続ける一方で、自社製TPUへの依存度を高めている背景には、経済合理性が存在する。自社設計のTPUであれば、製造原価のみで調達でき、中間マージンを排除できる。

原子力への回帰とエネルギー戦略

1000倍の計算能力を実現する上で、最大の障壁となるのは電力の確保である。Googleは2025年10月、アイオワ州にあるDuane Arnold原子力発電所の再稼働に向けた電力購入契約を締結した。Googleは同発電所から供給される615メガワットの電力を25年間にわたり購入する。

この契約の意義は大きい。変動性電源である風力や太陽光に依存してきたテック企業が、AIという常時高負荷なワークロードを支えるために、安定電源である原子力に回帰したことを明確に示している。Microsoftがスリーマイル島原子力発電所1号機の再稼働契約を結んだ動きと合わせ、米国の原子力産業におけるルネサンスをテックマネーが牽引する構図が鮮明となった。

Googleは2025年、Kairos Powerと契約し、計500MW規模の小型モジュール炉(SMR)からの電力調達も発表した。一方で、テキサス州では今後2年間で400億ドル以上を投じ、新たなデータセンターを建設する計画を発表した。AIデータセンターのような大量の電力を消費する施設が参入することで、電気料金が高騰するリスクがある。

Gemini 3と計算需要の爆発

1000倍の計算能力を必要とする真のドライバーは、AIモデルの進化にある。2025年11月18日に正式ローンチされたGemini 3は、回答を出力する前に内部で深い思考プロセスを経る「Deep Think」モードを搭載している。

このモードを使用することで、Gemini 3は難関ベンチマークにおいて驚異的なスコアを記録している。GPQA Diamondテストで93.8%の正答率、Humanity’s Last Examで41.0%、ARC-AGI-2で45.1%という前例のないスコアである。

このDeep Thinkモードは、計算リソースの消費という観点からは極めて重い。ユーザーが見る回答がわずか数行であっても、裏側では小説一冊分に相当する計算が行われている可能性がある。1つのクエリに対し、数分間GPU/TPUを占有し続けることは珍しくない。

巨額投資と囚人のジレンマ

Alphabetの財務戦略もまた、このAIシフトに合わせて変化している。2025年Capex予測は年間で910億から930億ドルで、2026年にはさらに著しい増加が見込まれている。この投資額は、一企業の設備投資としては歴史上類を見ない規模である。

Google、Microsoft、Meta、Amazonの4社は、ゲーム理論における囚人のジレンマの状況にある。各社とも、AIブームがバブルであり、過剰投資になるリスクを認識している。しかし投資を控えて競争に敗れるリスク、すなわちプラットフォームとしての支配権を失うリスクの方が遥かに大きいと判断している。

国際競争と規制リスク

Googleの最大のライバルは、MicrosoftとOpenAIの連合である。彼らは「Stargate」と呼ばれる1000億ドル規模のスーパーコンピュータ構築プロジェクトを進めている。対するGoogleは、チップ(TPU)、クラウド(GCP)、モデル(Gemini)をすべて自社で開発・運用する垂直統合モデルである。

Googleの圧倒的な資本力とインフラ支配力は、各国の規制当局を刺激している。米国司法省は、Googleの検索および広告技術における独占を巡って訴訟を起こしている。もしGoogleがAIインフラにおいても市場を独占していると判断されれば、新たな訴訟のリスクが高まる。

Googleのインフラ投資は米国内に集中しており、これは米国のAI覇権を強化するものである。一方で、自国に強力な計算資源を持たない国々は、AI開発においてGoogleやMicrosoftのインフラに依存せざるを得なくなるリスクに直面している。

BKK IT Newsの見解

Googleの1000倍計画は、人類の文明基盤をデジタルなシリコン脳へと拡張する歴史的なプロジェクトと言える。推論の時代へのシフトにより、計算需要は爆発しており、インフラの指数関数的拡大はGoogleにとって生存のための必須条件である。

その実現には、TPU v7 Ironwoodのようなハードウェアの進化だけでなく、原子力発電所の再稼働というエネルギー供給の大転換、そして数千億ドル規模の資金投入が必要不可欠である。最大のリスクは技術的な失敗ではなく、エネルギーの物理的制約、地域社会との摩擦、そして独占禁止法による強制的な分割である。

2030年の世界において、Googleのデータセンターは社会を動かす最も重要なインフラとなっている可能性がある。Geminiのエージェントたちが人類の知的生産活動を肩代わりし、新たな科学的発見や経済価値を生み出しているはずである。しかし、その巨大なパワーを誰が管理し、そのエネルギーコストを誰が負担するのかという問いは、社会全体が向き合うべき課題として残されている。

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