タイ、マイクロソフトと戦略的合意 ~AI主導型成長へローカルクラウドとスキル育成を推進~

タイ、マイクロソフトと戦略的合意 ~AI主導型成長へローカルクラウドとスキル育成を推進~ クラウド
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タイがASEAN地域におけるデジタルイノベーションハブとしての地位を確立する動きが加速している。

マイクロソフトは2025年11月18日、タイにおけるAI主導型成長と包括的イノベーション加速に向けた戦略的コミットメントを発表した。バンコクで開催された発表会では、エกニティ副首相兼財務大臣とマイクロソフトのアジア地域プレジデント、ロドリゴ・ケデ・リマ氏が会談し、タイをASEAN地域のデジタルイノベーションハブへと昇華させる方針を確認した。

タイ政府の一貫したデジタル戦略

今回の発表は、2024年にセター・タビシン政権下で締結された覚書を出発点としている。政権交代を経てもなおデジタル政策の継続性が保たれている点は重要だ。アヌティン・チャーンウィラクル首相の政権は、「Ignite Thailand」および「Quick Big Win」政策を推進しており、マイクロソフトの戦略はこれらと完全に合致している。

タイはASEAN第2位の経済規模を誇る一方、少子高齢化による労働力不足と中所得国の罠への懸念という構造的課題に直面している。AIを活用することで、これらの課題を解決し、労働集約型経済から知識集約型経済への転換を図る方針だ。

クラウド市場における競争環境

タイのクラウド市場では、既にAWSが2025年初頭にバンコクリージョンを開設し、50億ドルの投資を実施している。9月末にはAWS Bedrockの一般提供も開始され、データ主権に対応した生成AI基盤の構築が可能になった。

Googleも2024年に10億ドルの投資を発表し、マイクロソフトは2024年だけでインドネシアに17億ドル、マレーシアに22億ドルの投資を行っている。こうした競争環境の中、マイクロソフトは11月にAzure Localの大幅拡張を発表し、GULFやCP Groupとのローカルパートナーシップによる差別化戦略を展開している。

4つの戦略的柱

マイクロソフトの戦略は、以下の4つの柱で構成されている。

ローカルクラウドリージョンとデータセンター開設では、タイ国内におけるAzure Cloud Regionの本格展開が核となる。データがタイ国内の法域内に留まることで、低遅延かつ高帯域幅の接続環境が実現する。

インフラ構築においては、エネルギー大手Gulf Developmentとタイ通信最大手AISとの三社間連携が特筆される。Gulf Developmentの子会社GSA Data Center 02がデータセンターサービスを提供し、AISとの連携により5Gネットワークとクラウドデータセンターが直結する。

AI人材の民主化では、全国の教師25万人を対象とした「AI for Teachers」プログラムを展開する。20日間のライブコースでは、授業計画の自動作成、採点業務の自動化、個別最適化学習など、教師の事務負担を軽減するスキルを習得する。

AI Skill Navigator Portalへのアクセス数は、2025会計年度にタイ国内だけで157万人を超えた。一方、Googleは11月に学生300万人へGoogle AI Proを1年間無償提供すると発表しており、AI教育支援の分野でも競争が激化している。

イノベーションエコシステムの創出では、Microsoft National AI Innovation Centerの設立が最も重要なプロジェクトだ。このセンターは、タイ国内のAI実装のボトルネックを解消することを目的としている。企業やスタートアップが新しいAIソリューションをテストできる環境を提供し、マイクロソフトのエンジニアとタイの開発者が共同開発を行う。

先行事例として、国務院における「AI Innovation Sandbox」の成果は特筆に値する。Azure OpenAI Serviceを活用したAIソリューションは、70,000件以上のタイの法律と270以上のOECDの法的文書を読み込み、ギャップ分析と翻訳を自動化した。従来、法務専門家が数年かけて行うと想定されていた作業量が、わずか数ヶ月に短縮された。

企業変革の加速では、タイ企業を「Frontier Firms(最先端企業)」へと転換させるための技術支援を行う。金融大手SCBXは「AI-First Organization」への転換を掲げ、カシコン銀行のKBTGは「Human-First x AI-First」戦略を推進している。

経済効果と中小企業の課題

調査会社Kearneyの予測によれば、AIは2030年までに東南アジア全体のGDPを約1兆ドル押し上げ、そのうちタイは1,170億ドル(約4兆バーツ相当)の経済価値を享受する可能性がある。

一方で、大企業と比較して資金力や人材に乏しい中小企業のAI導入は遅れている。マイクロソフト・タイランドのタナワット・スータンプン社長は、投資がないから変革できない、変革しないから利益が出ないという「鶏と卵」の問題を指摘している。National AI Innovation Centerは、こうした中小企業に対してユースケースやテスト環境を提供することで、導入の敷居を下げる役割も期待されている。

BKK IT Newsの見解

2025年から2030年にかけて、タイは大きな変化を経験する可能性がある。ローカルクラウドリージョンの稼働により、金融・医療・行政のデータが国内に回帰し、デジタルサービスの質と安全性が向上するだろう。単なる製造拠点から、AIを活用した高付加価値サービスの輸出拠点への転換が進む可能性がある。

成功の鍵は、大企業だけでなく、経済の裾野を支える中小企業や地方、教育現場の隅々まで、このテクノロジーの恩恵をいかに行き渡らせるかにかかっている。マイクロソフトはクラウド市場でAWSの後を追う形となったが、ローカルパートナーシップと教育支援の組み合わせにより、タイ市場における独自の価値を創出できるかが注目される。

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