タイの自動車部品製造業者が、従来のエンジン部品からEV部品生産への転換に必要な資金調達と技術導入の遅れにより、収益悪化を警告している。「アジアのデトロイト」として栄えてきたタイ自動車産業の転換期が訪れている。
深いサプライチェーンが脆弱性に
タイの自動車産業は約2,400社の企業で構成され、69万人を雇用している。部品価値ベースで80%以上を現地サプライヤーが提供する高いローカルコンテンツ率を誇ってきた。
この強みが脆弱性へと転じた。部品製造業者全体の77%がTier 2またはTier 3の中小企業で、内燃機関(ICE)車の部品生産に特化してきた。EVへの移行でICE車に必要な部品点数は劇的に減少する。ICE車が数千点の部品を必要とするのに対し、EVは2,000~3,000点程度で、エンジン関連部品の約1/10が不要になる。
ICE車市場の収縮とEV市場の拡大
2025年から2027年にかけてのタイの自動車生産成長率は、年間-0.5%から0.5%とほぼ横ばいで推移すると予測されている。ICE車の主力であるピックアップトラックの販売は、2025年9月時点で前月比4.00%減少した。
一方、電動車(XEV)市場は拡大している。2025年9月時点で、BEVの新規登録は前年同月比80.23%増、PHEVは84.60%増と急増した。政府のEV 3.5優遇策と新モデルの投入、EV価格の低下が成長を牽引している。
中小企業が直面する障壁
タマサート大学の研究調査によると、タイの自動車部品企業のわずか15%しかEVサプライチェーンへの移行準備ができていない。移行を阻む要因は3つある。
第一に技術的ギャップだ。従来の機械部品製造技術(プレス、鋳造)は、EVの核となる電子部品、高電圧バッテリー、熱管理部品では応用が難しい。
第二に資金調達の課題がある。EV部品製造への転換には、新しい機械設備、自動化システム、デジタルツールの導入が必要で、中小企業にとって巨額の初期投資となる。優遇金利融資制度は存在するが、ICE車部品の資産価値が陳腐化する中、財務基盤の弱い中小企業は銀行から厳しい審査を受ける。
第三にサプライチェーンからの排除リスクがある。タイに進出する新規の外国EVメーカー、特に中国企業は、自国で確立したサプライチェーンを持ち込む傾向が強い。技術的基準を満たせないローカル中小企業は、新たな市場から排除されるリスクに直面している。
政府支援策の構造的課題
BOIはEVメーカーに最長8年間の法人所得税免除や100%外国資本所有権許可など強力なインセンティブを提供している。ローカルコンテンツ(LC)の使用を推奨する追加優遇策もある。
しかし、これらの政策は「マクロ的なEVハブ化」には成功しているが、「ミクロ的な中小企業の救済」には機能不全を起こしている。LC要件を満たすにはFTIによる「Made in Thailand (MiT)」認証が必要だが、技術力や財務基盤の弱い中小企業にとって高いハードルとなっている。
結果として、LC優遇策の恩恵は大規模なTier 1企業や外資系企業に集中し、真に支援が必要な中小企業には波及していない。
雇用への影響
Krungthai COMPASSの分析では、2025年から2026年にかけて自動車生産が15%減少した場合、11万人以上の労働者が他産業への移動を余儀なくされるリスクがある。
この雇用喪失リスクは中小企業の労働者に集中する。大規模メーカーの従業員は社内訓練プログラムで新しい技能を習得できるが、中小企業の労働者は技能転換の機会が欠如している。
生き残りのための選択肢
タイ産業連盟(FTI)は、ICE部品メーカーが保有する製造技術を活かし、成長が見込まれる医療機器製造への多角化を推奨している。
またEVコンバージョン(改造)市場も、技術転換の「橋渡し戦略」として重要性が高まっている。タイでは20年以上の古いICE車が全車両の18.26%を占め、車両寿命を制限する法律がないため、EVコンバージョン市場が成長しやすい環境にある。
BKK IT Newsの見解として、今後5~10年間は、中小企業が完全なEV部品製造への転換期間を乗り切るため、多角化とEVコンバージョン市場の活用が鍵となる可能性がある。
部品製造業者には、医療機器製造など既存技術を応用できる産業への多角化、EVコンバージョン市場の活用、BOIの中小企業優遇策を活用した自動化・デジタル化による生産効率向上といった戦略的転換が求められている。
参考記事リンク
- Thailand’s automotive industry faces severe EV transition – Nation Thailand
- Impact of Electric Vehicles on Thailand’s Automotive Industry: Implications for Auto-Parts Suppliers and Workforce – Bibliothek der Friedrich-Ebert-Stiftung
- Thailand’s Transition to an EV Manufacturing Powerhouse – Tractus Asia
- Thailand BOI EV Incentives 2025: Key Updates for Businesses – Lex Nova Partners
- Automobile Industry Outlook 2025-2027 – Krungsri Research


