AWSが主力のBIサービスをエージェンティックAIプラットフォームへと大きく舵を切った。
2025年10月、AWSは主力のビジネスインテリジェンス(BI)サービス「Amazon QuickSight」を「Amazon Quick Suite」へとリブランドし、その機能を大幅に拡張した。これは単なる名称変更ではない。企業のデータ活用が「分析と可視化」から「AIエージェントによる自律的な業務実行」へと移行する流れを受けた戦略的転換だ。
Quick Suiteの5つの構成要素
Quick Suiteは5つのコアコンポーネントで構成される。従来のBI機能は「Quick Sight」として維持され、既存のダッシュボードやAPIはそのまま利用できる。これに加え、Quick Flows(個人向け自動化)、Quick Automate(組織向け自動化)、Quick Index(社内ナレッジ統合)、Quick Research(調査エージェント)という新機能が追加された。
Quick Sightは生成AIを統合した「生成BI」へと進化した。ユーザーは自然言語で「先月の地域別売上トレンドは?」と質問するだけで、AIが適切なグラフを生成する。さらに、データの異常値や傾向を自動的に抽出し、経営層向けのエグゼクティブサマリーを作成する機能も備える。
Quick Flowsは個人やチームのルーチン業務を自動化する。「毎週金曜日にSalesforceのデータを取得し、未処理のリードをSlackで通知する」といった指示を自然言語で入力するだけで、AIが必要なコネクタを選択し、ワークフローを組み立てる。作成したフローは社内で共有でき、自動化のノウハウが組織内に広がる。
Quick Automateはより複雑な業務プロセスを対象とする。請求書処理や従業員の入退社手続きなど、複数のシステムと人間の承認が絡むプロセスを自動化できる。特筆すべきは「Computer Use」エージェントの搭載だ。APIが提供されていないレガシーシステムに対し、AIがブラウザを人間のように操作してタスクを実行する。
Quick Indexは社内の非構造化データと構造化データを統合するRAGの基盤だ。Wiki、ドキュメント管理システム、メール、チャットログなどをインデックス化し、Quick Suite内のすべてのAIエージェントから参照可能にする。これにより、AIは社内用語やプロジェクトの文脈を理解した上で回答やアクションを行える。
Quick Researchは調査・分析タスクを代行する自律型リサーチャーだ。社内のQuick Indexとweb上の公開情報を横断的に調査し、出典を明示したレポートを作成する。「競合他社の動向」と「自社の売上データ」を突き合わせた市場分析レポートを作成するといった高度なタスクに対応する。
Microsoft、Googleとの競争
Quick Suiteの市場投入は、Microsoft Copilot や Google Gemini Enterprise との激しい競争を意味する。MicrosoftはOffice 365との統合で優位に立つが、AWSは「コストパフォーマンス」と「AWSデータとの親和性」で対抗する。Quick Suite Professionalは月額20ドルで、Microsoft 365 Copilot(30ドル)+ Power BI Pro(10~20ドル)や、Google Gemini Enterprise(30ドル)と比較して攻撃的な価格設定だ。
第三者機関の分析によれば、Quick Suiteは3年間でBI関連の総所有コストを最大67%削減できると試算されている。BI、AIアシスタント、自動化ツールを個別に契約・統合するコストを、単一のスイートで代替できるためだ。
AWSは「Computer Use」エージェントによるレガシーシステム操作や、非構造化データの統合(Index)の容易さで差別化を図る。Power Automateは豊富なコネクタとコミュニティを持つ成熟したツールだが、Quick Automateは自然言語による構築の容易さと自律的なWeb操作能力で「市民開発者」の裾野を広げようとしている。
段階的な展開と技術的制約
Quick Suiteの展開はフェーズ別に行われている。2025年10月9日より、全世界のQuickSight顧客に対して新しいUIとブランディングが適用された。新しいエージェンティック機能は、米国東部・西部、欧州(アイルランド)、アジアパシフィック(シドニー)の主要リージョンで提供が開始された。その他のリージョンの顧客は、UIはQuick Suiteに更新されるが、機能的には既存のBI機能の利用が継続され、AI機能の展開を待つ形となる。
既存のQuickSight API、SDK、データセットの定義は変更なく機能し続ける。企業は既存のダッシュボード資産や埋め込み分析アプリケーションを修正することなく、新しいAI機能を追加利用できる。データの接続設定、ユーザーアクセス権限、セキュリティコントロールもそのまま引き継がれ、ガバナンスの連続性が保証されている。
技術的制約として、既存のQuickSightアカウント名は作成後の変更が不可能だ。社名変更や組織再編に伴ってアカウント名を変更したい場合は、新しいアカウントを作成し、資産を移行する必要がある。
BKK IT Newsの見解
Quick Suiteは、BIツールの歴史における転換点だ。AWSは「データを可視化するツール」から「データを起点に仕事を実行するプラットフォーム」へと完全に作り変えた。
データレイクやデータウェアハウスがAWS上にある企業にとって、Quick Suiteはデータ移動コストやセキュリティリスクなしに最先端のAIエージェントを導入できる選択肢となる。ユーザーあたり20ドルという価格設定は、全社的なAI導入の障壁を劇的に下げる。
「Computer Use」機能は、API連携が困難でRPA導入を諦めていたレガシー業務の自動化に新たな可能性を開く。業務プロセスの棚卸しを行い、AIエージェントによる代替可能性を検討する価値がある。
課題としては、Microsoft Officeエコシステムとのさらなる親和性向上や、ドキュメント・コミュニティの充実が挙げられる。しかし、AWSの開発スピードを考慮すれば、これらは遠からず解消されるだろう。Quick Suiteは、企業が「AIを使う」段階から「AIと共に働き、成果を出す」段階へと進化するための、強力かつ現実的なプラットフォームとなる可能性を秘めている。
参考記事リンク
- Reimagine business intelligence: Amazon QuickSight evolves to Amazon Quick Suite
- Amazon Quick Suite – AWS Documentation
- Meet Amazon Quick Suite: The agentic AI application reshaping how work gets done
- Introducing Amazon Quick Suite: your agentic AI-powered workspace – AWS
- Amazon Quick Suite FAQs – Agentic AI – AWS


