タイ政府、Metaに「アメとムチ」戦略

2025年11月、タイ政府とMetaの関係に注目が集まっている。AI活用によるSME支援では協力を深める一方、900万人規模のデータ漏洩問題では厳しく追及する。この二面性は偶然ではない。タイ政府の意図的な戦略だ。

11月13日にピパット副首相がMetaのグローバル幹部と友好的なAI戦略会談を実施した。その1週間後の11月20日、デジタル経済社会省がMetaを召喚し、データ漏洩問題を追及する予定だ。

Table of contents

AI協力の実績
データ漏洩問題への召喚
二重戦略の背景
企業への示唆
参考記事

AI協力の実績

Metaは「Meta Live Skill」プログラムでタイのSME支援を実施している。全国1,800カ所以上の政府ITセンターを活用し、eラーニングに13,500人以上、オフライン研修に800人以上が参加した。商務省、デジタル経済社会省、労働省、バンコク都庁、国家放送通信委員会など8省庁が協力する大規模な取り組みだ。

特筆すべきは、商務省事業開発局とMetaが共同制作したe-Book「Meta AI & Ads Solutions for SME Growth」だ。これは単なる概念説明ではない。Advantage+ショッピングキャンペーンの具体的な設定方法から、ピクセルによる購入イベントの追跡、プロンプトエンジニアリングまで、実践的な技術マニュアルとして構成されている。

背景には市場の成熟度がある。Deloitte調査によれば、タイSMEの60%が既に何らかのAIツールを使用している。この資料は断片的なAI活用を、Metaのエコシステムへと体系的に誘導する役割を果たしている。

データ漏洩問題への召喚

協力関係の裏で、深刻な問題が浮上していた。11月上旬、Facebookの「シークレットグループ」上で900万人以上のタイ市民の個人データが大規模に売買されていた事実が発覚した。氏名、住所、ID番号などが含まれていた。

チャイチャノック・チットチョブデジタル経済社会大臣は11月20日にMetaの地域担当幹部を召喚すると発表した。要求は3点だ。Metaのプラットフォームがデータ取引や詐欺広告の温床となっている理由の説明。厳格な身元確認プロセスの導入。プラットフォーム側の法的責任を問う法改正の検討。

背景には11月7日に報じられたMetaの内部文書リークがある。同社が詐欺広告から年間160億ドル（約5.2兆バーツ）の収益を得ているという報道だ。

二重戦略の背景

タイ政府は担当閣僚を意図的に分けている。AI協力は副首相が担当し、データ漏洩問題は所管大臣が担当する。この役割分担により、経済協力を歓迎するシグナルと厳格な規制執行のシグナルを同時に発信できる。

注目すべきは、AI戦略会談をデジタル経済社会省の大臣ではなく、運輸大臣のピパット副首相がホストした点だ。同時期にMDES大臣がMetaを召喚していた状況で、所管大臣を友好的な会談に同席させることは外交的に不適切だったからだ。

興味深いのは、政府発表でMetaの貢献として「SME支援のe-Book」と「タイ警察庁との詐欺防止活動」が同列に言及されている点だ。Metaにとって、このe-Book提供は単なるCSRではない。「経済成長と社会の安全の両方にコミットする良きパートナー」として、規制圧力を緩和するための戦略的ジェスチャーだ。