タイのワチラロンコン国王が2025年11月13日から17日の日程で中国を公式訪問した。1975年の国交樹立以来、タイの現職国王が中国を公式訪問するのは初めてである。訪問中の11月14日、北京の人民大会堂で習近平国家主席との公式会談が実施され、「中国・タイ運命共同体」の構築を今後50年にわたり推進することで合意した。会談では中国によるタイ産米50万トンの購入意向も表明された。
前国王との対照的な外交姿勢
前国王ラーマ9世は70年間の治世において、中国側からの度重なる招待にもかかわらず、一度も中国本土を公式訪問しなかった。一方で、ラーマ9世の次女であるシリントーン王女が、タイ王室の対中外交の実質的な主役を担ってきた。王女は流暢な中国語を話し、これまでに50回以上中国を訪問している。2019年には習近平主席から外国人に対する最高栄誉である「友誼勲章」を授与された。
今回のワチラロンコン国王(ラーマ10世)による訪中は、即位後初の主要国訪問先として中国を選んだ行為である。即位後に国家元首として中国を公式訪問したことは、タイの対中関係が文化交流レベルから国家戦略の基軸へと質的に転換したことを意味する。
習近平主席との会談と「運命共同体」の意味
11月14日の会談で、習主席は2025年が国交樹立50周年の「黄金の50年」にあたると祝意を示した。両国関係を「良き親戚、良き友人、良きパートナー」と再定義し、2022年に合意した「より安定し、より繁栄し、より持続可能な中国・タイ運命共同体」の構築を今後50年にわたり推進していくことを呼びかけた。
「運命共同体」は単なる友好スローガンではない。中国の視点から見れば、主権、安全保障、経済、地域秩序のあらゆる面で、中国と軌を一にするパートナーシップを意味する。具体的には「一つの中国」原則の支持、合同軍事演習と防衛産業協力、一帯一路構想、ASEAN中心性の支持などが含まれる。
タイ産米50万トンの購入意向とその背景
会談の場で習主席はタイ産米50万トンの購入意向に言及した。タイ商務省はこれを「良いニュース」として公式に発表したが、この発表は署名済みの商業契約ではなく、政治的な合意の段階である。
このコメ取引は国王訪問の場で中国側から突然提示されたものではない。2025年9月の時点で、タイ商務省は中国の国有食糧企業である中糧集団(COFCO)との間で未執行だった28万トンのコメ取引を早期に履行するよう交渉を行っていた。その際、タイ側は国交50周年を記念する「友情の証」として、取引枠を50万トンに拡大することを提案していた。
アヌティン首相は国王訪問の直前(2025年10月31日)、韓国でのAPEC首脳会議の場で習主席と個別に会談し、「コメの購入を忘れないでください」と直接的なロビー活動を行っていた。中国側はタイからの提案を11月のワチラロンコン国王の公式訪問という最高の舞台まで政治的に保留し、習主席が国王との会談という最も権威ある場でこの善意を発表することで、高度な外交的演出を成功させた。
米タイ関係の冷却化と中国への傾斜
タイが中国への傾斜を強めた直接的な要因は、2025年の第2期トランプ米政権下で進められた取引的な外交政策である。米国はタイの貿易黒字を問題視し、当初36%の「相互関税」を警告したが、タイ側の譲歩を受けて19%に引き下げられた。これはタイの輸出産業界に深刻な打撃を与えた。
さらに、米国政府はタイ政府がウイグル人を中国へ強制送還したこと、および米国人学者を政治的容疑で逮捕したことに対し、強く非難した。決定打となったのは2025年7月のタイ・カンボジア国境紛争への対応である。米国は公式には中立を表明しつつも、カンボジア側につくように見えた。トランプ大統領が停戦を仲介したと主張し、カンボジアのフン・マネット首相がトランプ氏をノーベル平和賞に推薦するという一連の動きは、タイ指導部にとって「同盟国である米国による裏切り」と映った。
米国がタイを「押し出す」一方で、中国はタイを「引き込む」ための戦略的な受け皿を周到に準備していた。中国の国営メディアは国王訪問を大々的に報じ、中国を「信頼できるパートナー」、「善意の隣人」として国際社会にアピールした。
タイの「竹の外交」の変容
タイの伝統的な外交戦略である「竹の外交」は、大国の風圧を柔軟に受け流し、両者の間で巧みにバランスをとることで、自律性と国益を最大化する戦略であった。しかし、2025年の地政学的現実は、この伝統的なバランス戦略の維持を困難にした。
米国からの高圧的な政策と、中国からの包括的な経済・技術支援という二つの強力な力を受け、タイの「竹」はもはや中立的なバランスを保つのではなく、中国側へ深く傾斜せざるを得ない状況に追い込まれた。
2025年11月のワチラロンコン国王による歴史的な公式訪中は、この地政学的な傾斜を、国家の最高の権威が象徴的に追認した歴史的イベントである。ラーマ9世が中国との間に保った「戦略的距離」は、米国との同盟を維持するバランスの象徴であった。それに対し、ラーマ10世が米タイ関係が過去数十年で最悪の時期に、中国をあえて主要国初の訪問先に選び、「運命共同体」の構築を祝福した行為は、このバランスが崩れ、中国側への傾斜がタイの新たな国家戦略となったことを、タイ国民および国際社会に対して不可逆的に宣言する意味を持つ。
タイ経済への影響と企業の対応
50万トンのコメ取引は、2026年のタイのコメ輸出目標800万トン超の達成に向けた重要な一歩となる。しかし、その実質的な経済効果は価格や納期といった今後の交渉次第であり、現時点では心理的効果が大きい。観光業については、タイ政府観光庁が2025年の中国人観光客数の目標を450万人と設定している。国王の訪中による友好ムードの醸成は、中国市場におけるタイへの信頼を回復させ、この目標達成を後押しする重要な要因となる。
タイの二大基幹産業が、中国の「政治的善意」に依存する構造が強化されている点に注目すべきである。将来的にタイが中国の地政学的な意図に沿わない外交的選択をとった場合、中国がこの善意を取り下げることによって、タイ経済に直接的な打撃を与えうる経済的威圧の手段を中国側に与えることにもなる。
BKK IT Newsとしては、タイ企業は中国市場への依存度が高まる中で、地政学的リスクの分散を考慮した事業ポートフォリオの構築が選択肢の一つとなると考える。また、中国の技術標準への依存が進む分野においては、自社の技術的自律性を維持するための投資も検討に値するだろう。
参考記事
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