タイIaaS市場で米中クラウド最前線 ~順位変動が示す覇権争いの実態~

タイIaaS市場で米中クラウド最前線 ~順位変動が示す覇権争いの実態~ クラウド
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2025年11月12日、Gartnerの最新調査で2024年のタイIaaS市場における順位が明らかになった。Huawei Cloudが2位に浮上し、これまで3位だった位置から順位を上げた。この順位変動は、タイ市場が米中のクラウド事業者による覇権争いの最前線となっていることを示している。タイのクラウドサービス市場は年率14.5%で成長を続けており、2025年の29億米ドルから2033年には86億米ドルへと3倍の規模拡大が見込まれている。

順位変動の背景

タイのIaaS市場における順位は、2020年から2024年まで継続的に変化してきた。2020年時点でAWSが36%のシェアで1位を占め、Huaweiは18%で3位だった。2021年にはHuaweiのシェアが29.44%まで上昇したものの、順位は3位を維持していた。

2023年の状況を見ると、Huaweiは引き続き3位の地位にあった。しかし同年、ハイブリッドクラウド市場では1位を獲得していた。この時点で、パブリッククラウド市場での順位上昇の布石は打たれていた。

2024年の順位変動には、いくつかの要因が関係している。Huaweiが2022年3月に3つ目のアベイラビリティゾーン(AZ)を稼働させた点が重要だ。これにより、タイ国内でデータを完全に保持できる体制が整った。タイの個人データ保護法(PDPA)が2022年6月に完全施行されたタイミングと重なり、データ主権を重視する顧客の要求に応える環境が整備された。

もう一つの要因として、ハイブリッドクラウド市場での強固な地位がある。2023年時点で1位を獲得していたハイブリッド市場の顧客が、2024年にパブリックIaaSの利用を拡大した。政府や金融機関といった大口顧客がハイブリッドとパブリックを併用する形で、IaaS市場の収益が増加した。

米中事業者の対立構図

タイIaaS市場の競争は、単なる企業間の争いではない。米中間の技術覇権争いが背景にある。米国は同盟国に対してHuaweiのような中国企業の排除を求めてきた。しかしタイは米国の条約同盟国でありながら、中国との経済的な結びつきも強い。

タイ政府は米中のどちらか一方に偏らない戦略を採用している。国家デジタル変革の中核プロジェクトである政府データセンターおよびクラウドサービス(GDCC)にHuaweiのHuawei Cloud Stackを採用した。この決定により年間8億バーツのコスト削減を実現し、40以上の政府機関に導入が拡大した。

一方で米国側も手をこまねいているわけではない。AWSは2025年1月にタイリージョンを開設し、今後15年間で50億ドル(約1,900億バーツ)を投資すると発表した。この巨額投資は、Huaweiの先行アドバンテージであったデータ主権の優位性を無力化する狙いがある。

MicrosoftもCP・Trueと戦略的提携を発表し、同じくGULF・AISとも同日に提携を発表している。Google Cloudは2022年にタイでのクラウドセンター新設を発表しており、3社とも本格的な投資を進めている。

実際の市場シェアと順位

2024年のGartner調査によると、タイIaaS市場の1位はAWSと推定される。2020年時点で36%のシェアを持っていたAWSは、2025年1月のタイリージョン開設により、さらに市場での存在感を強めている。

2位に浮上したHuawei Cloudは、ハイブリッドクラウド市場での圧倒的な地位を背景にIaaS市場での収益を拡大した。タイ国内に3つのAZを持つことで、PDPAに完全準拠したサービスを提供できる点が差別化要因となっている。

3位以降の順位については、Microsoft AzureとGoogle Cloudが競合していると見られる。Microsoftは公共部門と金融セクターで強みを持ち、Google Cloudはデータ分析とAI分野での存在感を示している。

タイのローカル事業者も重要な役割を果たしている。True IDCは複数のクラウドベンダーと提携するマネージドサービスプロバイダー(MSP)として機能し、NT(国家通信)はGDCCの運営主体として政府クラウドを支えている。

競争の焦点

市場での競争は、3つの要素を軸に展開している。

データ主権

タイ国内にデータを保持できるかどうかが、政府や金融機関といった大口顧客の選択基準となっている。2022年から2024年までの期間、Huaweiがタイ国内に3つのAZを持つ唯一の主要プレイヤーだった点が優位性を生んだ。

2025年1月以降、AWSもタイリージョンを開設したことで、このアドバンテージは解消された。今後は、データ主権という要素での差別化が難しくなり、他の要素が重要性を増していく。

AI技術

HuaweiはPanguという独自開発の基盤モデルを投入し、タイ市場向けにローカライズしたAIサービスを提供している。AISとの協業による「AI Calling」という音声翻訳サービスは、観光立国であるタイの需要に直結する具体例だ。

AWSはAmazon Bedrockをタイリージョンで提供開始し、OpenAIやAnthropicなどの最先端モデルへのアクセスを可能にしている。データ主権要件を満たしながら低レイテンシーで生成AIを利用できる環境が実現され、製造、観光、金融、医療、農業などの産業での活用が拡大している。Google CloudはGeminiモデルを活用したAIサービスを展開している。

エコシステム

Huaweiは「Huawei ASEAN Academy」を通じて96,200人以上のICT専門家を育成し、そのうち2万人がAIに特化した開発者として訓練を受けている。この人材育成により、Huaweiプラットフォームに精通した開発者コミュニティが形成されている。

AWSも同様のアプローチを取っている。タイの大学や教育機関と提携し、AWS認定資格プログラムを通じた人材育成を進めている。AWSバンコクリージョンの開設に伴い、ClassmethodやNTT DATAなどのプレミアムティアパートナーを中心とした成熟したパートナーエコシステムが形成され、企業のクラウド導入支援の選択肢が充実してきている。Google Cloudはタイのデジタル経済社会省と提携し、学生300万人にGoogle AI Proを1年間無償提供すると発表した。

今後の展望

タイIaaS市場の競争は、2025年からさらに激しさを増す。AWSの50億ドル投資とタイリージョン開設により、データ主権という差別化要因が失われた今、競争の焦点はAI技術とエコシステムに移っていく。

Huaweiが2022年から2024年まで享受していた先行アドバンテージは縮小している。一方で、政府や大手金融機関との関係、ハイブリッドクラウド市場での圧倒的な地位は依然として強固だ。

AWSはグローバルなサービスポートフォリオと、世界最大のクラウドエコシステムを武器に反撃している。Microsoft AzureとGoogle Cloudも、それぞれの得意分野を活かした差別化を図っている。

タイ市場は今後、いくつかのシナリオが考えられる。AWSが巨額投資により市場シェアをさらに拡大するシナリオ、Huaweiが政府セクターでの強固な地位を維持しつつ民間市場でも存在感を保つシナリオ、マルチクラウド戦略の普及により複数のベンダーが共存するシナリオなどだ。

いずれのシナリオにおいても、タイが米中クラウド事業者による覇権争いの最前線であり続けることは変わらない。BKK IT Newsとしては、企業がこの競争環境を理解し、自社のニーズに最適なクラウド戦略を選択することが重要と考える。単一ベンダーへの過度な依存はリスクを伴うが、マルチクラウドも運用コストと複雑性の増大という課題がある。データ主権、AI機能、エコシステムの3つの要素を軸に、慎重な検討が求められる。

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