タイBOTがSME向け新信用保証を発表 ~二重戦略で金融危機回避を目指す~

タイBOTがSME向け新信用保証を発表 ~二重戦略で金融危機回避を目指す~ タイ政治・経済
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タイ銀行(BOT)のヴィタイ新総裁が、中小企業向けの新しい信用保証メカニズムを発表した。2025年11月7日に報じられたこの政策は、深刻化するSME金融危機への緊急対応である。同時に、長期的な構造改革も並行して進められている。タイ経済の7割を支える雇用を担うSMEセクターの救済に向けた、二重の戦略が動き出した。

緊急措置の背景にあるSME危機

タイのSMEセクターは深刻な信用危機に直面している。2025年上半期、SMEの不良債権比率は7.9%に達した。銀行セクター全体の3.7%と比較して、2倍以上の水準である。

銀行がSME向け融資に消極的な理由は明確だ。信用コストが10%から20%に達している。これは一般融資の5%と比べて異常に高い。結果として、信用収縮が発生している。

経済環境も厳しい。2025年のGDP成長率予測は2.0%から2.2%に留まる。10月のインフレ率はマイナス0.76%となり、デフレ圧力が強まっている。タイ産業連盟は第4四半期の経済を「泥にはまった車」と表現した。

SMEはタイ経済の基盤である。約320万社が存在し、全労働力の70%以上を雇用している。このセクターの崩壊は、経済危機だけでなく社会不安にも直結する。

FIDFを活用した緊急メカニズム

BOTは金融機関開発基金(FIDF)を活用した新メカニズムを導入する。この資金は政府予算の一部ではない。議会承認など時間のかかるプロセスを回避でき、迅速に実施できる。

新メカニズムの特徴は「簡素化」にある。既存のタイ信用保証公社(TCG)のシステムは「複雑で使いにくい」と、ヴィタイ総裁自ら認めている。新しい仕組みはTCGの簡易版として設計された。

支援対象は全企業ではない。「Reinvent Thailand」構想で定義された5つの主要産業や、適応が必要な産業に絞られる。これは単なる救済ではなく、経済の構造転換を意図している。融資枠も拡大され、最大1億バーツまでの保証が検討されている。

FIDFの利用には利点とリスクがある。利点は迅速性と財政規律の維持である。納税者の資金を使わず、政府の公的債務上限にも影響しない。

一方でリスクも存在する。FIDFは本来、1997年のアジア通貨危機で発生した負債の返済が目的だった。この資金をSME支援に転用することで、返済スケジュールが最大10年延長される可能性がある。現在の危機が1997年の金融システム危機に匹敵する深刻さと認識されている証左である。

並行する長期改革:NaCGA法

緊急措置と並行して、より根本的な改革も進んでいる。財務省とBOTは「国家信用保証機関法(NaCGA法)」を推進中だ。2024年8月に内閣承認を得ている。

NaCGAの核心は「リスクベース価格設定」の導入である。従来のTCGは均一的な保証料率を適用していた。これがモラルハザードを引き起こし、不良債権比率を高めていた。

新モデルでは、個々のSMEの信用履歴や返済能力に応じて保証料を設定する。信用リスクが低い企業は低い保証料を支払う。これにより、SME自身に信用力向上のインセンティブを与える。

TCGはNaCGAに吸収される。法案成立後1年以内に合併を完了する予定だ。全資産、負債、従業員がNaCGAに引き継がれる。既存システムの修復ではなく、完全な置き換えである。

なぜ二つのメカニズムが必要なのか

2025年11月現在、NaCGAは設立プロセス中である。法制化と合併には長い時間がかかる。一方で、SMEの信用危機は待ってくれない。

FIDFによる緊急措置は戦術的対応だ。NaCGAという「恒久薬」が完成するまでの間、経済の即死を防ぐ「緊急薬」を投与する。時間を稼ぐための合理的な選択である。

同時期に、BOTはもう一つの重要政策も発表している。「共同資産管理会社(JV-AMC)」の設立促進である。これは既存の不良債権をバランスシートから切り離す防御的な施策だ。

二つの政策は連動している。JV-AMCで既存のNPLを処理し、FIDFの保証で新規融資のインセンティブを与える。防御と攻撃を同時に展開する包括的なアプローチである。

今後の展望と企業への影響

短期的には、FIDFメカニズムがSMEセクターの連鎖倒産を防ぐ役割を果たす。銀行の信用コストが引き下げられ、融資が再開される可能性がある。

ただし、リスクも存在する。最大の懸念は、競争力のないSMEを延命させてしまうことだ。ゾンビ企業の増加は経済の生産性を低下させる。

この懸念への対策がターゲティングである。BOTが政治的圧力を排し、適応可能な企業のみを選別できるかが成功の鍵となる。もしバラマキに終われば、FIDFの資金を浪費し、1997年の負債返済を遅らせるだけの結果に終わる。

長期的には、NaCGA法の実現が重要だ。リスクベースの持続可能なシステムへの移行が、タイのSME金融の根本的な解決策となる。法案の迅速な成立と施行が求められている。

企業にとって、この政策は機会でもある。特にReinvent Thailandで定義された産業や、高付加価値分野への転換を進める企業には追い風となる。一方で、従来型のOEM事業に依存する企業は、構造転換への圧力を受ける可能性がある。

融資条件の改善が見込まれる今、事業計画の見直しと資金調達の準備を進めておく選択肢もある。同時に、自社の信用力向上への取り組みも重要だ。NaCGAのリスクベース価格設定が導入されれば、信用力の高い企業ほど有利な条件を得られるようになる。

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