タイ観光、アジア観光戦争で劣勢に ~日本・マレーシア・韓国・ベトナムが台頭、ビザと価格で後手~

タイ観光、アジア観光戦争で劣勢に ~日本・マレーシア・韓国・ベトナムが台頭、ビザと価格で後手~ タイ政治・経済
タイ政治・経済

サイアム商業銀行(SCB)の経済情報センター(EIC)が2025年11月7日、タイのアジア観光市場における競争を「観光戦争(Tourism War)」と表現した。観光客数は前年比7.5%減、観光収入は2019年比で20%減という深刻な状況だ。日本、マレーシア、韓国、ベトナムなど競合国が積極的な戦略を展開する中、タイは構造的な競争力を失いつつある。

「観光戦争」の主戦場

SCB EICが指摘する主戦場は2つある。第一は「アクセス」の競争だ。ビザ免除や特定層向けの新ビザ制度など、国家レベルでの政策の機敏性が問われている。第二は「ブランド」の競争だ。訪れる価値のある国としての認識を国際的に確立する情報戦である。

EICは2025年を通じて、タイのGDP成長率予測を1.8%から1.5%へと下方修正し、バーツ高が「ショック増幅器」として機能していると警告してきた。11月の「Tourism War」という表現は、これらの分析が蓄積された結果である。

二重の課題:量と質の同時低下

2024年は3,550万人を受け入れ順調な回復を見せたが、2025年1月から10月までの観光客数は約2,500万人で、前年同期比7.5%減少した。より深刻なのは観光収入の落ち込みだ。2025年通年の観光収入は2019年比で20.2%減少し、1.91兆バーツから1.52兆バーツまで落ち込む見込みである。

収入の減少率が観光客数の減少率を上回っている点が最大の問題だ。高支出層であった中国人観光客が2025年上半期に前年比34.1%減の227万人と壊滅的に減少した。タイ バーツ高が観光業を直撃~中国人観光客34%減で業界に深刻な打撃で分析したように、バーツ高が価格競争力を直撃している。一方、マレーシアが観光客数トップとなり、予算重視の個人旅行者の割合が増加している。

競合国の戦略

日本:円安とブランド力の組み合わせ

日本は2024年に3,680万人、2025年上半期だけで2,150万人の訪日客を記録した。タイの同期間1,669万人を大きく上回る。観光消費額も2024年に8.14兆円(前年比53%増)と爆発的に増加した。

歴史的な円安が「安全・高品質」という日本のイメージに「割安感」を加えた。タイのバーツ高とは対照的な状況だ。日本は「安全性」「文化」「食」といったソフトパワーに支えられ、プレミアム市場を獲得している。

マレーシア:ビザ戦略の迅速実行

マレーシアは「ビザ戦略」を最も迅速に実行した。中国人観光客に対するビザ免除措置を5年間延長し、2025年4月には「ビザ相互免除協定」を締結した。インド人観光客にも30日間のビザ免除を導入している。

成果は即座に表れ、2024年の中国人観光客は370万人に達し、2025年は500万人を目標としている。マレーシアはタイにとって最大の観光客供給国(2025年の国別訪問者数1位)でありながら、同時にタイの最重要ターゲット市場を奪う最大の競合国となっている。

韓国と ベトナム:異なる強みで攻勢

韓国はK-POP、Kドラマという国家的なソフトパワーを武器にしている。「Brand Finance Global Soft Power Index 2025」で12位に上昇し、若年層の旅行先として「トレンディ」なイメージを確立している。

ベトナムは価格競争力で急成長している。2024年には1,750万人を受け入れ、2025年上半期も前年比21%増と力強い成長を維持している。SCB EICの分析でも、ベトナムはタイより「約6%割安」と明示されており、価格重視層を引き付けている。

タイの課題

タイ観光業、岐路に立つ ~2025年不振と中国人観光客の需要シフト、地域競争の現実~で分析したように、タイは構造的な課題に直面している。

第一に、バーツ高の問題だ。タイバーツは対米ドルで5~6%上昇し、価格競争力を直撃した。第二に、安全性への懸念だ。観光客に対する事件やオンライン詐欺の拠点としての報道が相次いだ。第三に、競合国のビザ戦略への対応遅れだ。マレーシアが積極的にビザ免除を進める中、タイの対応は後手に回っている。

タイの対応戦略

タイ国政府観光庁(TAT)は2026年に向けた新戦略として「Value is the New Volume(価値こそが新たな量である)」を打ち出した。従来のマスツーリズムを脱し、富裕層、ミレニアル世代、健康志向層へと焦点を移す。「責任ある観光」を推進し、タイの各地域が持つ独自の魅力を訴求する方針だ。

短期的には「タイ:夏の安全な避難所」といったブランディング・キャンペーンを展開し、国際イベントを第4四半期に集中させている。

今後の展望と企業への影響

TATが掲げる「量より質」への転換は長期的には正しい方向性だが、実行と成果の発現には数年を要する。一方で、マレーシアは「ビザ免除」という即効性のある武器で市場シェアを奪っている。この時間的なミスマッチが最大のリスクだ。

タイ政府内で戦略的な矛盾も生じている。TATは「量より質」を掲げる一方、運輸部門はスワンナプーム空港の能力を年間1億2,000万人にまで増強する拡張計画を推進している。

BKK IT Newsとしては、タイが短期的には市場シェアの流出を止める即効性のある対策(ビザ戦略の見直しやバーツ高への対応)を講じながら、長期的には「価値」への転換を一貫して推進する必要があると考える。

企業への影響も大きい。ホテル、レストラン、小売業は顧客層の変化に対応する必要がある。製造業やIT企業にとっては、観光業の不振が内需の弱さとして影響する。一方で、観光のデジタル化や持続可能性への取り組みは、デジタル決済や観光データ分析などの分野で新たなビジネス機会を生み出す可能性もある。

参考記事