タイのデジタル競争力、IMDランキング38位に低下

タイのデジタル競争力、IMDランキング38位に低下 IT
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技術要因の失速が鮮明、ASEAN内の優位性も揺らぐ

スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表した2025年のデジタル競争力ランキングで、タイは38位となった。2024年の37位から1ランク低下し、3年連続の下降となる。この結果は、タイのデジタル戦略が重大な転換点に立たされていることを示している。

デジタル競争力の推移と経緯

タイのデジタル競争力は2023年に35位を記録していた。当時、タイは「技術」要因で15位という高い評価を得ており、デジタル分野での強みを示していた。しかし2024年には総合37位に後退し、「技術」要因も23位へと8ランク下落した。そして2025年、総合順位は38位となり、「技術」要因はさらに29位まで低下している。

わずか2年間で「技術」要因が14ランクも下落した事実は、タイのデジタル・エコシステムの根幹が深刻な競争力の低下に直面していることを意味する。タイ経営協会(TMA)は2024年のランキング発表時、すでにAI研究開発の促進や関連法の整備、科学技術系人材の雇用拡大を提言していた。しかし2025年の結果は、この1年間で有効な対策が講じられなかったことを示している。

2025年ランキングの詳細分析

今回のランキングでタイは、3つの主要要因すべてにおいて課題を抱えている。「知識」要因は40位から37位へと3ランク改善したものの、「技術」要因は23位から29位へ6ランク低下し、「将来への備え」要因も41位から45位へ4ランク後退した。

「技術」要因の低下は、AIとR&Dへの投資不足が主な原因だ。「AIへの民間投資」は調査対象69経済圏中53位と極めて低い水準にある。研究開発投資の伸び悩みや、ユニコーン企業に代表される新しいイノベーションの不足も指摘されている。これらは、国内の資本市場がAIやR&Dのようなハイリスク・ハイリターンの先端技術分野へ資金を供給できていない状況を示している。

「知識」要因では、興味深いパラドックスが存在する。タイは「STEM卒業生の割合」で世界8位という高い評価を得ている一方、「科学・技術系雇用」は57位、「AI関連論文」は53位と低迷している。この乖離は、教育システムが輩出する人材の質が産業界の需要と一致していないことを示している。貴重なSTEM人材が国内のイノベーションに貢献できず、スキルと無関係な職に就くか国外に流出している状況だ。

「将来への備え」要因では、デジタル・ガバナンスの脆弱性が露呈した。「政府のサイバーセキュリティ能力」が55位、「プライバシー保護法」が58位という結果は、タイがデジタル技術のガバナンスにおいて世界的に大きく遅れていることを示している。データセキュリティとプライバシー法が世界最低水準にある国を、AI、クラウドコンピューティング、データセンターの地域ハブとして選定するグローバル企業は少ない。

ASEAN域内での位置づけ

ASEAN主要国の中で、タイは3位の地位を維持している。シンガポールが総合3位、マレーシアが34位と上位を占め、タイは38位でこれに続く。インドネシアは51位、フィリピンは56位だ。

しかし、タイの立ち位置は決して安泰ではない。フィリピンは前年から5ランク上昇しており、「技術」と「将来への備え」の要因で順位を上げている。タイは「技術」要因で6ランク、「将来への備え」要因で4ランク下降しており、後続グループとの差が縮まっている。

シンガポールは16億シンガポールドル以上の政府プログラムを投じ、グローバルテック企業から260億米ドルの投資を誘致している。マレーシアは「国家AIロードマップ」を推進し、2030年までにAI経済で世界トップ20入りを目指している。これらの国々が国家主導でAIに戦略的投資を行っているのに対し、タイは「AIへの民間投資」が53位と低迷している。

今後の見通しと影響

タイのデジタル経済は、AIを主要なドライバーとして、2026年に4.2%(国家GDPの2倍のペース)で成長し、2027年には3兆バーツ規模に達すると予測されている。しかし、この楽観的な予測と現実との間には深刻なギャップが存在する。

タイ国内のAI導入は遅れており、例えば人事専門家のうちAIツールを使用しているのはわずか12.8%に過ぎない。IMDが示す通り、「AIへの民間投資」は世界的に低迷している。このままでは、タイは自らAIサービスを生み出し輸出する「生産者」ではなく、海外のAIサービスを高額で輸入・消費する「消費者」へと固定化される可能性がある。

高付加価値FDI(海外直接投資)の誘致にも影響が及ぶ。タイ投資委員会(BOI)は、従来の低コスト組立産業から脱却し、EV、半導体、先端エレクトロニクス、デジタル技術などの未来産業へのFDI誘致を国家戦略の柱に据えている。しかし、「AIへの民間投資」53位、「科学・技術系雇用」57位という数字は、タイには先端工場やR&Dセンターを支える技術エコシステムが存在しないと投資家に示すことになる。

企業にとっての選択肢

この状況下で、タイに拠点を置く企業は複数の選択肢を検討する時期に来ている。

一つの選択肢は、社内でのSTEM人材育成への投資だ。国内の教育システムが産業界のニーズと合致していない状況では、企業が独自にトレーニングプログラムを構築し、必要なスキルを持つ人材を育成することが考えられる。産業界と教育機関の連携強化により、実務に即したカリキュラムを提供する取り組みも選択肢となる。

AI技術への早期投資も検討に値する。タイ国内でのAI導入が遅れている現状は、裏を返せば先行者利益を得る機会でもある。業務効率化やイノベーション創出のためのAIツール導入を進めることで、競合他社に対する優位性を確立できる可能性がある。

また、ASEAN域内での事業展開の見直しも選択肢の一つだ。シンガポールやマレーシアなど、AIやデジタル技術への投資を積極的に進めている国々との連携や、拠点の分散配置を検討することで、リスクを分散し、より有利な事業環境を活用できる。

BKK IT Newsとしては、タイのデジタル競争力の低下は一時的な現象ではなく、構造的な課題の表れと見ている。企業は現状を正確に把握し、自社のデジタル戦略を再検討する必要がある。政府の政策転換を待つだけでなく、企業自らが主体的にデジタル化を推進することが、今後の競争力維持において重要となるだろう。

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