Nexperia掌握でレガシーチップ危機 ~サプライチェーンの脆弱性が浮き彫りに~

Nexperia掌握でレガシーチップ危機 ~サプライチェーンの脆弱性が浮き彫りに~ タイ国際外交・貿易
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世界の自動車産業が、レガシーチップの供給途絶という深刻な危機に直面している。オランダ政府による中国系半導体メーカーNexperiaの経営権掌握と、それに対する中国の報復措置により、Bosch、Volkswagen、日産、ホンダなど主要メーカーが生産調整を余儀なくされた。最先端チップではなく、成熟したレガシーチップのサプライチェーンが地政学的武器となり得ることが明らかになった。

オランダと中国の対立が自動車産業を直撃

オランダ政府による中国系半導体メーカーNexperiaの経営権掌握が、世界の自動車産業に深刻な影響を与えている。2025年9月30日、オランダ政府は「物資供給法」を発動し、Nexperiaの経営に介入した。この措置に対し、中国政府は10月4日に報復措置として、Nexperia製レガシーチップの輸出停止を決定した。その結果、世界最大の自動車部品メーカーであるBoschやVolkswagen、日産、ホンダなどが生産調整を余儀なくされている。

危機の背景にある地政学的対立

Nexperiaはオランダに本社を置く半導体メーカーで、2019年に中国のWingtech Technologyが買収した企業だ。同社は自動車向けのダイオード、トランジスタ、MOSFETなどのレガシーチップで世界市場の約40%のシェアを持つ。これらのチップは最先端のAI用チップと異なり、数十年前から存在する成熟した技術だが、自動車のECUやエアバッグなど基本機能に不可欠な部品だ。

2024年12月、米国政府はWingtechを国家安全保障上のリスクとしてエンティティ・リストに追加した。さらに2025年9月29日、米国はこの規制を強化し、エンティティ・リスト掲載企業が50%以上所有する子会社も自動的に制裁対象とする「アフィリエイト・ルール」を発表した。この新ルールにより、Nexperiaは米国技術へのアクセスを失い、事業継続が困難になる状況に追い込まれた。

オランダ政府は翌日の9月30日、1952年制定の「物資供給法」という異例の法律を発動した。政府は介入の理由を「深刻なガバナンス不全」と説明している。この措置により、オランダ政府はNexperiaの資産移転や経営判断に対し、1年間にわたりブロックまたは覆す権限を獲得した。ただし、これは所有権の移転を伴う国有化ではなく、経営管理権の掌握だ。

企業内部の対立が表面化

オランダ政府による掌握の直後、Nexperiaの内部対立が表面化した。10月1日、同社のオランダ人最高法務責任者、ドイツ人CFO、ドイツ人COOら欧州経営陣が、自社のCEOであるZhang Xuezheng氏をオランダの企業裁判所に提訴した。欧州経営陣の申し立てによれば、Zhang氏は会社資金を自己富裕化のために流用し、Nexperiaの知的財産や生産ラインを中国に移転する計画を秘密裏に進めていたという。

オランダの裁判所は10月7日、これらの申し立てを暫定的に認め、Zhang氏をCEOから停職処分とした。この一連の動きは、米国の地政学的圧力とNexperia内部のガバナンス崩壊、そしてオランダ政府の産業防衛という三つの力学が複雑に絡み合った結果だと見られている。

中国の報復がサプライチェーンを麻痺

中国政府は10月4日、Nexperiaを名指しした輸出管理措置を発動した。この措置は、Nexperia Chinaおよびその下請け業者が中国国内で製造したチップの輸出を禁止するものだ。

Nexperiaのビジネスモデルは、チップをドイツのハンブルクなどの欧州工場で製造し、中国の広東省東莞の工場でパッケージング(後工程)を行うという地理的分業に依存していた。Nexperiaの全製品の約70%がこの中国の後工程を経由していたため、中国政府による輸出禁止措置は、Nexperiaのグローバル供給網の7割を即座に停止させた。

この影響は数週間で顕在化した。11月4日までに、Boschはドイツ・Salzgitter工場での短時間労働を申請した。ZF Friedrichshafenも工場でのシフト削減を決定した。Volkswagenは供給不足が年間利益目標をリスクにさらすと警告した。影響は欧州に留まらず、日産自動車は九州工場で主力SUV「ローグ」の生産調整を11月10日から開始すると報じられた。ホンダもメキシコおよびカナダの工場で生産縮小に追い込まれた。

レガシーチップの代替が困難な理由

自動車メーカーが即座に他社製品に切り替えられない理由は、レガシーチップの特殊性にある。自動車に搭載される半導体は、マイナス40度から摂氏150度という極端な温度変化や、恒常的な振動、電磁ノイズといった過酷な環境下で15年以上動作する必要がある。

このため、車載用半導体はAEC Q100(集積回路)およびAEC Q101(ディスクリート半導体)という厳格な品質・信頼性規格の認証が義務付けられている。仮に他社が同等の製品を製造していても、サプライヤーを変更するには、自動車メーカーやTier 1サプライヤーがその代替品に対してAEC規格の認証プロセスをゼロからやり直す必要がある。このプロセスには数ヶ月から1年以上の時間を要する。

自動車メーカーはジャスト・イン・タイム方式で部品を調達しており、在庫は数日分から数週間分しか持たない。代替品の認証に数ヶ月かかる部品の供給が即日停止したため、BoschやVolkswagenは11月初旬に即座に操業短縮に追い込まれた。

企業内部の対立が危機を深刻化

10月26日、事態はさらに複雑化した。CEO停職後、オランダ本社はNexperia China工場に対し、契約上の支払い義務の不履行を理由に、ウエハー(チップの原材料)の出荷を一方的に停止した。一方、Nexperia China側は、オランダ本社の主張を「誤解を招く」「無責任だ」と公に一蹴した。中国側は「ウエハーの在庫は年末まで十分にある」とし、「すでに複数の代替計画を起動しており、新たなウエハー供給源の認定を加速している」と宣言した。

この結果、グローバルな顧客は二重の供給途絶に見舞われた。中国政府が中国工場からの完成品の輸出を禁止する一方で、オランダ本社が中国工場への原材料の供給を停止したのだ。Nexperiaのグローバル・サプライチェーンは、国家間の対立と企業内部の対立によって完全に破壊された。

米中首脳会談で一時的に緩和

10月30日、韓国・釜山で開催されたAPEC首脳会議の傍らで、トランプ米大統領と習近平国家主席が会談を行った。この会談の結果、米国は「アフィリエイト・ルール」の施行を1年間停止することに合意した。中国はNexperiaの中国工場からのレガシーチップの輸出を再開させること、およびレアアースに関する輸出規制も一時停止することを約束した。

この合意に基づき、中国商務省は11月1日、「条件を満たす輸出について免除を与える」と発表した。しかし、この「輸出免除」は全面的な再開ではなかった。実態は、個別の企業が中国当局に許可を申請し、ケースバイケースで承認を得る必要があるという許可制だ。これは、中国政府がチップ供給の主導権を完全に掌握し、オランダ政府との交渉カードとして利用することを意味している。

オランダと中国の膠着状態が継続

11月5日時点で、Boschの短時間労働申請に象徴されるように、チップ供給危機は全く解決していない。米中首脳会談が解決したのは米国による制裁という問題だけで、オランダによる掌握とCEOの停職という中核的な問題は一切解決していないためだ。

中国商務省は11月4日、米中合意の後であるにもかかわらず、オランダ政府を名指しで「内政干渉だ」「一方的に行動し、具体的な解決策を講じていない」と激しく非難する声明を発表した。中国政府は現在、BoschやVolkswagenといったドイツの自動車産業の苦境をテコにして、オランダ政府に対し、物資供給法の発動撤回とCEO Zhang氏の停職処分の取り消しを暗に要求している。

オランダのディック・スホーフ首相は、11月7日の時点でも「CEOに対する法的手続きは継続中だ」「供給再開はCEOの問題とは別だ」と、二つの問題の分離を図ろうとしている。しかし、中国は「オランダが掌握を解除しない限り、輸出の蛇口は開かない」という姿勢を崩しておらず、欧州の自動車産業は中国の政治的決定の人質となったまま、膠着状態が続いている。

今後の展望とサプライチェーンへの教訓

BKK IT Newsの見解として、この危機は単なる一時的な供給網の混乱ではなく、グローバル・サプライチェーンの構造そのものを見直す契機になる可能性がある。最も重要な教訓は、最先端チップだけでなく、成熟しきったレガシーチップも、供給が寡占化され、サプライチェーンの特定工程が地政学的リスクのある一国に集中している場合、強力な地経学的武器となり得るという事実だ。

中国は、欧米の制裁に対し、欧州および日米の自動車産業の心臓部をいつでも数週間以内に止めることができるという、極めて強力な報復カードを保有していることを証明した。欧州は「EUチップ法」を推進し、最先端半導体の前工程の域内回帰を目指してきた。しかし、今回の危機は、ウエハーを欧州で製造しても、安価な後工程を中国に依存している限り、欧州の技術主権は修辞的なものに過ぎないことを証明した。

製造業に従事する企業は、従来の効率性一辺倒のサプライチェーン戦略を根本的に見直す必要がある。Tier 1サプライヤーだけでなく、Tier 2、Tier 3まで遡り、コンポーネントレベルでサプライチェーンを可視化することが急務だ。特に、前工程の立地だけでなく、後工程の立地が地政学的にどの国に依存しているかをマッピングする必要がある。

コストが多少高くとも、事業継続に不可欠な重要度の高いレガシー部品については、平時から代替サプライヤーの認証プロセスを完了させ、有事には即座に切り替えられる体制を構築することが必須となる。サプライチェーンの脆弱性は、もはや効率性の問題ではなく、事業継続性の問題となった。Nexperiaの事例は、中国への一極集中がもたらす致命的なリスクを露呈させた。

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