タイで100ドル未満輸入品販売禁止提案 ~SME保護と対米交渉、相反する圧力で板挟み~

タイで100ドル未満輸入品販売禁止提案 ~SME保護と対米交渉、相反する圧力で板挟み~ タイ国際外交・貿易
タイ国際外交・貿易

タイのEコマース業界から、安価な輸入品の販売を禁止する強力な保護主義的政策が提案された。国内SMEの危機的状況を背景とするが、米国との通商交渉で市場開放を約束したばかりのタイ政府にとって、実現可能性は極めて低いと見られる。

2025年11月6日、タイのEコマース業界から国内生産者保護を目的とした強力な政策提言が出された。提案内容は、オンラインプラットフォームにおける100米ドル未満の輸入品販売を禁止するというものだ。提案者はタイEコマース協会の名誉会長で、1999年にTARAD.comを設立したPawoot Pongvitayapanu氏。タイ政府が発表した「1バーツからの課税」政策では不十分だとし、インドネシアをモデルとした、より強力な市場介入を求めている。

提案の背景にある国内SMEの危機

この提案は突発的なものではない。タイのEコマース市場はShopeeとLazadaという2大外国資本プラットフォームによって80%以上が占有されている。最近ではTikTokが急速にシェアを伸ばし、寡占構造に割り込んでいる。

国内SMEはこれらの外国プラットフォームに構造的に依存する状況が続いてきた。タイのEコマース輸出は、自社製品の所有者が直接行うよりも、外国プラットフォームを通じて仲介業者が行うケースが多い。国内SMEは外国企業のルール、手数料、アルゴリズム、物流の上で競争せざるを得ない状況にある。

2023年から2025年にかけて、この構造的脆弱性に安価な輸入品の大量流入が加わった。2023年には2,000近くの工場が閉鎖に追い込まれ、数千人規模の失業が発生している。タイ製造業連合は、鉄鋼、繊維、家具、電化製品、食品など20以上の業種が深刻な打撃を受けていると警告する。

タイ中央銀行は、国内の持続的な低インフレ率の主因が、安価な輸入品の大量流入による「ポジティブ・サプライ・ショック」であると公式に分析している。安価な輸入品との競争激化は、高止まりする家計債務と相まって、国内SMEの経営を直撃した。SMEの不良債権増加は深刻な懸念事項となっている。伝統的な卸売市場では、売上が半減したとの報告もある。

政府の「1バーツからの課税」政策

タイ政府はすでに対策を決定している。これまで長年にわたり、輸入品の免税基準であった「1,500バーツ未満」の商品の免税措置を、2025年12月31日をもって終了する。2026年1月1日より、オンラインプラットフォーム経由の輸入品は、その価値が1バーツであっても、輸入関税およびVATが徴収される

政策の目的は、国内SMEとの公平な競争条件を確保し、脱税を防ぎ、年間約30億バーツの税収増を見込むことだ。この政策はすでに実務段階に入っている。2025年11月6日、関税局はShopeeとLazadaの代表者を召集し、新制度の円滑な実施に向けた実務協議を開始している。

Pawoot氏の「100ドル禁止」提案は、政府の「1,500バーツまでの免税撤廃」よりもはるかに踏み込んだ、強力な保護主義的措置だ。Pawoot氏ら国内事業者は、政府の措置を不十分と判断し、より強力な市場介入を要求している。

インドネシアモデルの実態と副作用

Pawoot氏が引用する「インドネシアモデル」は、主に2023年に施行された通商大臣規則を指す。このモデルの主要な柱は2点ある。越境Eコマースで直接販売される特定の輸入品に対し、FOB価格で100米ドルの最低価格を設定したこと。TikTok、Facebook、Instagramなどのソーシャルメディア・プラットフォームが、プラットフォーム内で直接的な商品取引を行うことを禁止したこと。

公式な目的は、安価な輸入品による「略奪的価格設定」から国内のMSMEを保護することだった。しかし、このモデルには深刻な副作用が存在する。インドネシアでの調査データは、この規制がTikTok Shopなどを利用していた数百万の国内販売者の生計を直撃し、売上を急落させたことを示している。

インドネシアモデルは、伝統的なオフラインMSMEや卸売業者を保護するために、デジタル時代のオンラインMSMEを犠牲にした側面がある。政府自身のMSMEデジタル化目標の達成を阻害するという深刻な政策的パラドックスを生み出した。タイがこのモデルを無批判に導入すれば、同様の国内混乱を引き起こすリスクがある。

タイ政府が直面する戦略的ジレンマ

Pawoot氏の提案の実現可能性を評価する上で最も重要な要素は、タイ政府が2025年11月現在、国内問題よりも緊急かつ重大な外交的・通商的ジレンマに直面しているという事実だ。

国内では、Pawoot氏やタイ製造業連合から、安価な輸入品の流入を念頭に置いた保護主義の強化を強く要求されている。国外では、最大の貿易相手国の一つである米国との通商交渉が大きな課題となっている。

2025年4月、米国は当初タイ製品に36%の相互関税を課すと発表した。タイ政府は7ヶ月にわたる必死の交渉の末、2025年8月に19%への引き下げに成功した。その代償として、タイは米国製品への関税引き下げ、1万品目以上の農産物の関税撤廃、米国からのエネルギー輸入拡大、さらには50-60%のローカルコンテンツ要求(RVC)の受け入れなど、大幅な市場開放を約束している。

タイ政府は、輸入に対しては国を閉じるよう要求され、米国からの輸入に対しては国を開くよう要求されるという、完全に相反する2つの圧力に同時に晒されている。「100ドル輸入禁止」のような包括的な保護主義措置は、特定の国だけを狙い撃ちにすることが難しく、米国やEUとの自由貿易協定交渉を根本から破綻させかねない。

実現可能性と今後の展望

対米通商交渉で大幅な市場開放を約束したタイ政府にとって、今から保護主義政策を強化することは外交的矛盾を生む。国内SME保護という正当な要求があっても、国際的な信頼性を損なうリスクを考慮せざるを得ない。Pawoot氏の「100ドル輸入禁止」提案が、タイ政府によってそのまま採用される政治的・外交的な実現可能性は極めて低い。

この提案の重要性は、その実現可能性にあるのではなく、国内産業界の不満が限界に達していることを政府に示す政治的な警告として機能した点にある。

タイ政府は、この「100ドル禁止」提案を事実上見送り、以下の現実的な2層アプローチで着地させる見込みだ。予定通り、2026年1月1日から「1バーツからの課税」を実行する。これは、国内SMEへの配慮を示しつつ、対外的にもFTAに違反しない標準的な税関改革として説明可能な、絶妙な政治的妥協策となる。

加えて、より外科的な規制を徐々に強化する道を選択するだろう。Eコマースプラットフォームにおける不公正な取引慣行に関する新しいガイドラインの策定、外国プラットフォームによる独占的慣行の監視、外国のEコマース事業者に対するタイ国内での法人登録の義務化、輸入品がタイ工業規格を満たすことを要求する計画などが進められている。

この一連の動きは、タイ経済が抱える構造的な矛盾を浮き彫りにしている。国内産業保護と国際的な市場開放という相反する要求をどうバランスさせるかは、タイだけでなく多くの中所得国が直面する共通の課題だ。

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