タイ「コンラクルンプラス」が好調 ~440億バーツ政策、開始8日で170億使用~

タイ「コンラクルンプラス」が好調 ~440億バーツ政策、開始8日で170億使用~ タイ政治・経済
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タイ政府の消費刺激策「コンラクルンプラス(Khon La Khrueng Plus)」が2025年10月29日に開始した。開始から8日間で170億バーツの支出を記録した。対象は2,000万人。総予算は440億バーツ。この施策は2025年第4四半期の経済失速を回避する目的がある。フードデリバリー大手4社が参入した。2026年1月にフェーズ2の実施が予定されている。

過去の成功体験の再現

タイ政府は2020年から2022年にかけて「コンラクルン(Khon La Khrueng)」をフェーズ1から5まで実施した。これはCOVID-19パンデミック対策だった。政府と市民が支払いを50対50で分担する仕組みだ。この仕組みは国民の生活費負担を軽減した。特に露天商や小規模事業者の収入を支えた。

スアン・ドゥシット世論調査の結果がある。過去の生活費削減政策の中で、国民が「最も好き」と回答した政策は「コンラクルン」だった。支持率は69.31%だ。2025年9月に発足したアナン・チャーンウィーラクン首相率いる新政権は、この政策の「復活」を選択した。

2025年版の特徴は「プラス」の部分だ。一般国民は2,000バーツの補助を受ける。納税申告者は2,400バーツの補助を受ける。補助比率も異なる。一般国民は50対50だ。納税申告者は60対40で政府の負担が大きい。この差額は納税システムへの参加を促す仕組みだ。

タイ「コンラクルンプラス」が納税インセンティブに ~選挙前の景気刺激と税務基盤強化~では、納税者優遇措置の詳細を解説している。

順調な利用状況と厳格なルール

タイ財務省が利用状況を発表した。11月4日(開始6日目)時点で累計支出は140億6,260万バーツ。11月6日17時(開始9日目)時点では193億5,860万バーツに達した。8日目の170億バーツという数値は時系列的に整合性が取れている。

このスキームには厳格な利用ルールがある。登録期間は2025年10月20日から26日までの7日間のみ。利用期間は10月29日から12月31日まで。毎日06時から23時まで利用できる。政府補助は1日200バーツまで。宝くじ、アルコール飲料、タバコ、ギフト券などは対象外だ。

最も重要なルールがある。2025年11月11日23時までに一度でも利用しない場合、権利が永久に失効する。当初は失効した権利を他の登録希望者に再配分すると報じられた。しかし財務省はこれを否定した。失効した権利は次期「フェーズ2」の原資に回される。

このルールには目的がある。「利用の強制」と「支出の速度」の担保だ。政府の最優先事項は2025年第4四半期のGDPを押し上げることだ。登録だけして利用しない「休眠ユーザー」の発生を避ける必要がある。開始8日間で170億バーツという好調な結果は、この「失効期限」によって作り出された経済効果といえる。

フードデリバリー4社の参入とGP手数料問題

今回のコンラクルンプラスは対象を拡大した。従来の小規模店舗に加え、公共交通機関とフードデリバリーを含めた。11月7日より、Grab、LINE MAN、Robinhood、ShopeeFood のタイ4大プラットフォームが利用可能になった。

特に注目すべき点がある。これらの民間プラットフォームは参加条件として粗利益(GP)手数料を引き下げた。通常30%の手数料を一律5%にまで下げた。政府は「Pao Tang(เป๋าตัง)」という国家デジタルプラットフォームを持つ。「2,000万人の需要」をテコに民間プラットフォームに介入した形だ。

タイLINEMAN、コンラクルンプラス参加でGP5%に ~飲食店支援と政府の交渉力~では、手数料引き下げの背景と影響を詳しく分析している。

11月6日時点で、参加店舗数は868,148店に達した。タイ全土の小規模店舗網がデジタル経済圏に組み込まれている。

マクロ経済への即時効果

コンラクルンプラスの導入はマクロ経済予測の改善をもたらした。2025年第4四半期のGDP成長率は、無策の場合0.3%と予測されていた。コンラクルンプラスとその他の刺激策により約1.0%へと引き上げられた。

主要な経済機関は通年のGDP予測を上方修正した。タイ財務省財政政策局(FPO)は従来の2.2%予測から2.4%へ修正。タイ商工会議所大学(UTCC)は従来の1.7%予測から2.0%へ修正した。

FPOの試算がある。コンラクルンプラス単体で2025年のGDPを0.21%から0.22%押し上げる。約880億バーツの経済効果を生む。

効果は実際の支出が始まる前から現れた。2025年9月の消費者信頼感指数(CCI)は8ヶ月ぶりに上昇した。8月の50.1から50.7へと改善した。上昇の要因は「新内閣への好意的な反応」と「コンラクルンプラスへの期待」だと分析されている。実際の利用開始は10月29日だ。政策の「復活」が「発表」されただけで国民の経済に対するセンチメントが好転した。これは「アナウンスメント効果」といえる。

フェーズ2への展開

アナン首相は「フェーズ2」の実施を明言している。実施時期は国会解散(2026年1月31日)の前だ。具体的な時期として「12月後半」や「1月」が報じられている。選挙直前の「最後の一押し」となる可能性がある。

フェーズ2の対象者は決まっている。フェーズ1で権利を得られなかった層が最優先される。「一度も権利を得たことのない層」も対象だ。ただし、フェーズ1に登録したものの11月11日の期限までに利用せず権利を失った層は優先対象ではない。

重要な点がある。フェーズ2は単なる「おかわり」ではない。複数の情報源が指摘している。フェーズ2には「アップスキル/リスキル(upskilling and reskilling)」の要素が含まれる。参加事業者が「金融リテラシー」や「デジタルリテラシー」の研修を完了すれば、追加のインセンティブを得られる仕組みが導入される可能性がある。

これは政府の方針転換を示している。「単なるバラマキ」という批判を認識した。政策の性質を「救済・施し」から「持続可能な基盤構築」へと転換しようとしている。

企業にとっての選択肢

コンラクルンプラスは中小企業や小規模店舗に売上増加の機会をもたらしている。参加を検討する事業者は、クルンタイ銀行が運営する専用アプリ「Thung Ngern(ถุงเงิน)」の導入を検討できる。

中小事業者が導入をためらう理由がある。「売上データが税務当局に捕捉され、追徴課税される」という懸念だ。政府は事業者をデジタル経済に引き込むため約束をしている。「このプログラムのデータは税務当局にリンクされない」と公式に表明した。

フードデリバリーを利用する飲食店にとってGP手数料5%という条件は大きなメリットがある。通常の30%と比較すれば明らかだ。ただし、この優遇条件の継続期間は明確になっていない。BKK IT Newsとしては、政府の交渉力が及ぶ期間中のみの一時的措置である可能性が高いと考える。

コンラクルンプラスの真の遺産は国家デジタルプラットフォーム「Pao Tang」の完成にある。経済効果そのものよりも重要だ。現在3,300万から4,000万人以上のユーザーを抱える。このプラットフォームは今後も政府と国民を結ぶ主要なインフラとして機能していくだろう。

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