Googleが中小企業向けAIマーケティングツール「Pomelli」を2025年10月下旬に発表した。このツールは企業のウェブサイトURLを入力するだけで、AIがブランドアイデンティティを自動的に抽出し、マーケティング素材を生成する。
GoogleのSMB戦略における位置づけ
GoogleはSMB(中小企業)市場に対して長年、Google AdsとGoogle My Businessを通じた戦略を展開してきた。2024年10月にLocal Service Ads(LSA)の提供を終了し、AIが運用を完全に自動化する「Performance Max(P-Max)」キャンペーンへと広告主を誘導する方針を明確にした。
しかし、P-Maxが最適に機能するためには、AIがリアルタイムでテストし最適化するための「大量かつ多様なクリエイティブアセット」が不可欠である。SMBにとって、この高品質なアセットを継続的に制作・供給することが、P-Max導入の最大のボトルネックだった。
LSAの終了からちょうど1年後、GoogleはこのP-Maxの「クリエイティブのボトルネック」を解決するAIツールとしてPomelliを投入した。Pomelliは、Googleの次世代AI広告エコシステムをSMB市場で普及させるための「クリエイティブ供給エンジン」として設計されている。
Pomelliの核心機能:Business DNAの自動構築
Pomelliの最大の特徴は、AIによるブランドアイデンティティの自動構築プロセス、すなわち「Business DNA(ブランドDNA)」プロファイルの作成にある。このプロセスはGoogle DeepMindの高度なAI技術に基づいており、ユーザーは自社のウェブサイトURLを1つ入力するだけでよい。
URLが入力されると、PomelliのAIは即座にそのサイトのクロールと分析を開始する。分析プロセスは30~90秒で完了し、AIは以下の要素を含む包括的な「Business DNA」プロファイルを自動的に抽出・定義する。
- トーン・オブ・ボイス:企業のコミュニケーションがフォーマルか、カジュアルか、専門的かを特定する
- 色彩:ブランドが使用している主要色、補助色を抽出する
- フォント:見出しや本文で使用されている特定のフォントファミリーを特定する
- ビジュアルスタイル:サイト全体で使用されている画像の雰囲気やデザイン様式を定義する
Canvaや Jasperといった既存の主要なマーケティングAIツールも「ブランドボイス」や「ブランドキット」機能を提供している。しかし、その多くはユーザーが手動でブランドガイドラインのPDFをアップロードしたり、カラースキームやフォントを手作業で設定したりする必要がある。
中小企業の最大の経営資源の制約は「時間」と「専門知識」である。Pomelliは、この「ブランド設定」というマーケティングAI導入における最も重要かつ煩雑な初期ステップを、URL入力のみでほぼ完全に自動化した。
生成されるマーケティングアセット
「Business DNA」プロファイルが確立されると、Pomelliはそれをガイドラインとして使用し、具体的なマーケティングアセットの生成に移る。
Pomelliが生成する主なアセットは、ソーシャルメディア投稿(Instagram、Facebook、X、LinkedIn)、ウェブサイト用のバナー、オンライン広告(Google Adsなど)に使用できる「テキストと画像」の組み合わせである。生成されたすべてのアセットは、プラットフォーム内のエディタで編集可能である。
現行のベータ版における最大の機能的限界は、その「スタンドアロン(独立型)」の性質にある。PomelliはGoogle AdsやFacebook/Instagramといった広告・ソーシャルメディアプラットフォームへの直接的なパブリッシング連携機能を持たない。ユーザーはPomelliで生成・編集したクリエイティブアセットを、プラットフォームから「手動でダウンロード」し、その後、各プラットフォームに「手動でアップロード」する作業を強いられる。
なお、Pomelliは完成された最終製品ではなく、Google Labsの「実験」として市場に投入された。提供は現時点で英語のみ、かつ地域も米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの4カ国に限定されている。
2025年10月のAIブームとGoogle戦略
Pomelliの発表タイミングは、市場競争の観点からも極めて戦略的だった。Pomelliがローンチされた2025年10月下旬は、複数の大手テック企業がAIに関する大型発表を立て続けに行い、業界が「AIブーム」に沸いた時期と完全に一致している。
Pomelli発表の直前、Adobeは年次カンファレンス「Adobe MAX 2025」を開催し、エンタープライズ向けのAIモデルサービス「Adobe Firefly Foundry」を発表した。AdobeがFirefly Foundryによってハイエンドな「エンタープライズ・クリエイティブ」市場でのAI主導権を握ろうとしたのに対し、GoogleはPomelliによって、自社の収益基盤である「SMB・広告」市場でのAIの優位性を明確にする必要があった。
Googleは、CanvaやAdobe Expressよりも「スマート」(=Business DNAの自動抽出)なツールを「無料ベータ」としてSMB市場に投入することで、AI技術の民主化におけるリーダーシップを市場に印象付け、Adobeの発表から市場の注目を奪い返す狙いがあったと考えられる。
競合ツールとの違い
Pomelliと主要な競合ツールとの最大の違いは、「ブランド設定」のプロセスにある。
Canvaは、ユーザーが自社のブランドキット(ロゴ、色、フォント)を手動で設定・アップロードする必要がある。Jasperも、ユーザーが自社のスタイルを示すサンプルコンテンツを手動で入力し、AIに学習させる必要がある。一方、Pomelliは、ウェブサイトのURLスキャンにより、このプロセスを自動化する。
Canvaは「ビジュアル・ファースト」であり、ユーザーがテンプレートを選び、デザインを構築する過程でAIがテキスト生成などを補助する。対照的に、Pomelliは「ブランド・ファースト」であり、AIがまずブランドを理解し、そのブランドに準拠したキャンペーンのコピーとビジュアルの両方をAIが主体となって生成する。
あるテストでは、Pomelliをコピーと初期アイデア生成に使用し、ビジュアルの最終仕上げをCanvaで行うことで、キャンペーン制作ワークフロー全体が33%高速化したとの報告もある。当面は両者の併用も進むと見られる。
将来の展望:統合がもたらす真の価値
Pomelliの戦略的価値を評価する上で最も重要な視点は、その「将来性」にある。Pomelliの現状の姿(2025年11月時点)は、Google Labsの「実験」であり、アセットを手動でダウンロードする必要があるなど、非効率な「スタンドアロン」ツールに過ぎない。
Pomelliの真の破壊力は、その将来的な「統合」によって発揮される。GoogleがすでにPomelliとGoogle Workspace、そして決定的に重要な「Google Adsプラットフォームとの将来的な統合」を計画していると示唆されている。
この「統合」が実現した時、GoogleのSMB向けAIエコシステムは完成する。SMBの事業主が、一度だけPomelliに自社のウェブサイトURLを入力し、自社の「Business DNA」をAIに定義させる。この「Business DNA」プロファイルが、事業主のGoogleアカウントを通じて、Googleの全サービスに即座に同期される。
Google Ads(P-Max)は、同期された「Business DNA」に基づき、ブランドに準拠した広告クリエイティブ(テキスト、画像)をAIが自動で生成、配信、テスト、最適化する。これにより、SMBのP-Max導入における最大のボトルネック(クリエイティブの供給)が完全に解消される。
この「ブランド定義(Pomelli)→ AIによる広告最適化(P-Max)→ AIによるローカル情報発信(GBP)」というシームレスなループが完成した時、Googleは、ブランド構築の入り口から最終的な広告収益化の出口まで、マーケティングの全プロセスを単一のAIエコシステム内で完結させることになる。
CanvaやAdobeには、この世界最大の広告プラットフォーム(Google Ads)と検索プラットフォーム(Google Search/Maps)がない。この「統合」こそが、競合他社には模倣不可能なGoogleの最終的な戦略的優位性であり、Pomelliはそのエコシステムを完成させるための、最も重要な「始動キー」であると考えられる。
企業が検討すべき選択肢
中小企業にとって、Pomelliがもたらすメリットは大きい。専門のデザインスキルやコピーライティングの経験がない小規模な事業主であっても、PomelliのAI支援によって、自社のブランドに一貫性のある、プロフェッショナル品質のマーケティングアセットを、迅速かつ大量に作成できる。
一方で、この便利さには2つのリスクが伴う。
第一に、Googleエコシステムへの過度な依存である。Pomelliが無料で提供されることで、SMBはGoogleのプラットフォームにさらに深く依存することになる。ブランド定義というマーケティングの根幹をGoogleのAIに委ねることは、Google Ads、Google Business Profile、Google Cloudといった他の有料サービスへの強力なロックイン戦略の一環である。
第二に、ブランドの均質化である。もし全てのSMBが、同じAI(Pomelli)を使い、AIが「最適」と判断したブランドボイスやビジュアルスタイルに依存し始めた場合、市場全体のクリエイティブが画一的になる可能性がある。
企業は、AIツールの便利さを享受しながらも、複数のAIツールの併用、人間によるレビューと編集の重視、長期的な視点での戦略構築といった選択肢を検討する必要がある。
BKK IT Newsとしては、PomelliはAIマーケティングツール市場における重要な転換点になると見ている。ブランド設定の自動化という新しいアプローチは、中小企業のマーケティングを根本的に変える可能性を秘めている。一方で、企業は便利さと引き換えに失うものについても、慎重に考える必要がある。
参考記事リンク
- Google Labs Launches Pomelli AI Marketing Tool for SMBs | The Tech Buzz
- AI and Data Science News: Follow this Page for the Latest Updates
- Google Labs & DeepMind Launch Pomelli AI Marketing Tool – Search Engine Journal
- Google Pomelli AI: Design marketing creatives for free! – OVACEN
- What is Pomelli AI? A Complete Guide to Google’s New Marketing Tool


