タイのEV廃棄物、時限爆弾化のリスク ~TDRIが警告、2045年に90万トンまで増加の予測~

タイのEV廃棄物、時限爆弾化のリスク ~TDRIが警告、2045年に90万トンまで増加の予測~ タイ政治・経済
タイ政治・経済

タイでは電気自動車(EV)の普及が加速している。しかし、使用済みバッテリーの廃棄問題が顕在化しつつある。政府のEV推進政策は成果を上げているが、廃棄物管理の体制整備が追いついていない。タイ開発研究所(TDRI)は2025年10月の報告で、この問題を「時を刻む時限爆弾」と表現した。早急な対応が必要だと指摘している。

EV普及の急速な進展

タイ政府は2030年までに自動車生産の30%をゼロエミッション車にする「30@30」政策を掲げ、EV購入者への補助金や税制優遇措置を実施してきた。この政策は予想を上回る成果を生んでいる。

2020年から2024年の5年間で、タイ国内では累計60万台以上のEVが登録された。2025年に入ると普及ペースはさらに加速し、1月から7月までの7ヶ月間だけで新規登録台数は6.6万台に達した。これは2024年通年の実績(6.7万台)にほぼ匹敵する水準だ。

2025年6月単月では、バッテリーEVの新車販売台数が前年同月比で74.87%増、新規登録台数が88.99%増を記録した。市場は直線的な成長ではなく、指数関数的な拡大を示している。

二重の廃棄物問題

タイが直面しているのは、異なる時間軸を持つ二つの問題だ。

一つ目は、従来型の電子廃棄物(E-waste)管理の構造的欠陥だ。タイは年間75.3万トンのE-wasteを発生させているが、公式に収集・リサイクルされているのは2.9万トンで、全体の約3.8%に過ぎない。残りの96%以上は、規制外のインフォーマルセクターが処理している。

二つ目は、EV普及による新たな廃棄物の急増だ。EVバッテリーの平均寿命は8年から10年とされる。2020年代後半から使用済みバッテリーの廃棄が本格化する。

TDRIの予測によれば、タイ国内で発生する使用済みEVバッテリーは2031年までに年間3.8万トン以上に達する。2035年までには16万トン、2045年までには90万トン近くまで増加する見込みだ。

ただし、予測には大きな幅がある。別の資料では、リチウムイオンバッテリー廃棄物が2030年までに780万トンに達するという数字も報じられている。予測の乖離そのものが、タイ政府が正確な統計を把握できていない現状を示している。

不法輸入への対応

国内の廃棄物問題に加え、海外からのE-waste流入も深刻化していた。2017年に中国が廃棄物の輸入を全面禁止して以降、タイへのE-waste輸入量は2014年の約900トンから2017年には5万トン以上に急増した。

2025年5月14日、タイ税関当局はバンコク港で米国から違法に輸入された238トンの電子廃棄物を押収した。10個の40フィートコンテナに積まれたE-wasteは「混合金属スクラップ」として虚偽申告されていたが、実際には有害な回路基板が大量に含まれていた。

この事件を受け、タイ商務省は2025年6月24日、電子廃棄物を輸入禁止品目として正式に分類する新しい省令を施行した。禁止品目は従来の428品目から463品目に拡大され、使用済みリチウム電池や故障した回路基板が明確に追加された。虚偽申告を防ぐため、関税分類コードも最新の国際基準に準拠するよう改訂された。

環境と健康への影響

使用済みバッテリーは、鉛、水銀、カドミウムなどの重金属や有害な化学物質で構成されている。これらが不適切に管理された場合、土壌や水中に有毒物質を浸出させる。

タイ東北部ウボンラチャタニ県のインフォーマルなE-wasteリサイクルコミュニティを対象とした研究では、処理活動が行われている地域の住民は、対照地域と比較して家屋内や大気中の重金属濃度が統計的に有意に高いことが確認された。同地域では喘息の有病率が対照地域の2倍という報告もある。

EVバッテリーはリチウム、コバルト、マンガンといった新たな毒性物質を含む。これらが従来のE-wasteと同じインフォーマルセクターに流入すれば、既存の公衆衛生問題はさらに深刻化する可能性が高い。

EPR法制の導入に向けた動き

タイ政府は2025年、拡大生産者責任(EPR)の原則を導入するため、複数の法案を同時に推進している。

産業省は2025年3月に「産業廃棄物管理法案」の草案を公表した。この法案は、E-waste、廃バッテリー、廃車を含む広範な産業廃棄物を対象とする。製造業者だけでなく、組立業者、輸入業者、ブランド所有者まで含む広範な「生成者」に廃棄責任を負わせる内容だ。

天然資源・環境省も、PC、携帯電話、家電製品といった家庭用E-wasteを対象とした「WEEE管理法案」を推進している。生産者が共同で廃棄物管理を行う「生産者責任組織(PRO)」の設立などが議論されている。

ただし、二つの異なる省庁が別々の法案を同時に推進していることは、新たなリスクも生んでいる。使用済みEVバッテリーが産業省の法案では「廃バッテリー」として、環境省の法案では「E-waste」として扱われる可能性がある。法的な定義の重複や規制の抜け穴が生じれば、EPRシステムの導入が遅れる要因となる。

民間企業の先行投資

法整備が進む一方、民間企業はすでに戦略的な投資を開始している。

中国のバッテリー製造大手Sunwodaは2025年3月、タイ投資委員会(BOI)から、チョンブリー県に500億バーツ以上を投じてEVバッテリー生産工場を設立する計画の承認を得た。同社は生産だけでなく、タイ国内でのバッテリーリサイクル事業への参入も検討している。自社が製造したバッテリーを回収・リサイクルし、再び生産に投入する循環型のビジネスモデルを構築する狙いだ。

タイの自動車販売大手MGC-ASIAは2024年、ドイツのバッテリーリサイクル専門企業PRIMOBIUSと戦略的提携を結んだ。販売からアフターサービス、リサイクルまでを網羅する包括的なEVエコシステムの構築を目指している。

東南アジア全体でもリサイクル市場が立ち上がりつつある。マレーシア資本のEcoNiLi社はインドネシアなど3カ国で4つの工場を運営し、年間8.6万トンのリチウムイオンバッテリーリサイクル能力を持つまでに成長した。

今後の展望

タイは現在、EVや電子機器用のバッテリー輸入に年間1.3兆バーツ(約5兆円以上)を費やしている。これらをリサイクルせず廃棄物として処理すれば、輸入に費やした価値が失われるだけでなく、追加の処理コストが発生する。戦略的鉱物の供給網への依存も続く。

一方で、使用済みバッテリーは貴重な戦略的鉱物を高濃度で含む「都市鉱山」でもある。これらを国内で適切に収集・リサイクルすることは、輸入への依存を減らし、新たな雇用を創出し、資源の国内循環を構築する機会となる。

リサイクル市場の将来は、政府のEPR規制の設計と、民間企業のビジネスモデルの両方に左右される。メーカー主導の垂直統合型と、ディーラー主導のエコシステム型のどちらが主導権を握るかも注目点だ。

企業にとっては、将来のEPR規制に先んじて、使用済みバッテリーの回収・リサイクル体制を整備することが一つの選択肢となる。自社の販売・サービス網を活かした回収システムの構築や、専門企業との提携による処理能力の確保などが考えられる。

最大の課題は、現在E-waste管理の96%以上を担うインフォーマルセクターの扱いだ。単に禁止するだけでは不法投棄を招く可能性がある。彼らの持つ収集ネットワークを、安全な労働基準と両立する形で公式システムに組み込む仕組みが必要になる。

タイのEVバッテリー廃棄問題は、環境政策と産業政策の両立を問う試金石となっている。2025年は、この課題にどう対応するかを決める分岐点の年と言える。

参考記事リンク