タイの不動産市場が深刻な危機に直面している。過剰供給バブルという表面的な現象の裏に、より本質的な問題が潜んでいる。国内の低〜中間所得層の購買力枯渇と信用収縮という「草の根」金融危機である。住宅ローン拒否率は70%に達し、低価格帯市場が事実上機能不全に陥っている。
1997年アジア通貨危機との構造的比較
2025年のタイ不動産市場の危機は、国内の低〜中間所得層の購買力の枯渇と、それに伴う深刻な信用収縮によって定義される。この構造は、1997年のアジア通貨危機と決定的に異なる。
1997年のアジア通貨危機(トムヤムクン危機)は、通貨の急落により主に大企業や金融機関が過剰な対外債務で破綻した「企業・金融主導の危機」だった。対して2025年危機は、大手デベロッパーや銀行は表面上利益を上げ健全性を保っている一方、一般市民、特に中間層以下が「過去3〜4年で貯蓄を使い果たし、高金利と非公式債務に苦しんでいる」状態である。
バンコク・ビジネスニュースに掲載された専門家の分析によれば、2025年の危機は「1997年よりも解決が困難な一般市民の危機」と断じられている。問題の所在が、トップ企業から社会の基盤となる「草の根」層へとシフトしているためだ。
記録的な住宅ローン拒否率
2025年の「草の根」危機の最大の証拠は、住宅ローン申請の拒否率の異常な高騰である。2025年1月時点で、住宅ローン申請の拒否率は50%を超過している。特に300万バーツ以下の低価格帯セグメントでは、拒否率が40%から50%に達している。
タイ・コンドミニアム協会のプラサート・テードゥンラヤサティット氏は、2025年11月時点でのローン拒否率が70%に達したと証言している。これは同氏の「過去30年間の業界経験で前例のない数値」であり、通常は20〜30%である。低価格帯市場が事実上の機能不全に陥っていることを示している。
この信用収縮は需要の蒸発に直結している。2025年第1四半期の売上は、前年同期比で以下の通り壊滅的な落ち込みを記録した。300万バーツ以下の物件は49%減、300万〜500万バーツの物件は47%減である。
返済不能に陥るケースもこのセグメントに集中している。2025年1月時点で、住宅ローンの不良債権またはNPL化する可能性が非常に高い債権のうち、60%から70%が300万バーツ以下の住宅購入者から発生している。これは約1,200億バーツ相当に上る。
デベロッパーの守勢と過去23年間で最低の新規着工
国内需要の蒸発に対し、デベロッパーは新規プロジェクトの立ち上げを急激に停止するという守勢に転じている。2025年7月の予測によれば、2025年通年の新規プロジェクト着工戸数は過去23年間で最低水準になると見込まれている。
この水準は、1997年のアジア通貨危機(トムヤムクン危機)から経済が回復し始めた2002年当時をも下回る歴史的な落ち込みである。2025年初頭時点での累積未販売在庫約205,590戸のうち、実に53%が300万バーツ以下の物件に集中している。金融機関が融資を拒否するため、これらの在庫は販売不能な「塩漬け」状態となっている。
構造的要因と短期的トリガー
2025年の信用収縮は一夜にして発生したものではなく、タイ経済が長年抱えてきた構造的脆弱性に根差している。IMFのレポートは、タイ経済の長期的かつ構造的な弱点として「高水準の家計債務」および「急速な人口高齢化に伴う労働力減少」を明確に指摘している。
1997年の通貨危機以降、タイの不動産市場は10年以上にわたり低金利環境に支えられて成長してきた。この長期間の低金利が、家計部門の過剰な借り入れを許容する土壌となった。特にコンドミニアム市場は、外国人投資家、とりわけ中国本土からの投資に大きく依存する形で発展した。2025年第1四半期の外国人購入者の国籍別シェアでは、中国が依然として37.79%を占めている。
この構造的に脆弱な家計部門を直撃したのが、2024年から2025年にかけての短期的な経済環境の悪化である。最大のトリガーは、タイ銀行による金融引き締めだ。Krungsri Researchの分析によれば、政策金利は過去10年で最高の2.5%に達した。これにより、多くの既存住宅ローンの支払額が実質的に倍増し、家計の返済能力を直撃した。
タイ経済はパンデミック後の回復が他国と比べて遅れている。2025年のGDP成長率予測は2.2%と低迷する一方、消費者物価指数は2025年9月時点で6ヶ月連続のデフレを記録している。景気低迷は国民の所得が上昇しない状況を生み出した。デフレと所得停滞が組み合わさることで、名目金利以上に実質的な債務負担が増大した。
市場の二極化と外国人市場の堅調
2025年のタイ不動産市場は、「国内・低価格帯市場」の崩壊と並行して、「富裕層・外国人市場」は堅調さを維持しており、市場は明確に二極化している。
プーケットの不動産市場は、2023年から2024年にかけてのブームを経て、2025年も力強いモメンタムを維持している。特にヴィラ価格は前年比12%から18%の上昇を記録した。Siam Legalの報告によれば、2025年上半期のプーケットの不動産売上は450億バーツを超え、その60%が外国人投資によるものだった。
バンコク市場もセグメントによって明暗が分かれている。CBREの予測によれば、2025年末のバンコクのコンドミニアム価格は、都心部では平均平米単価315,000バーツ、前年比1.61%増と微増し、底堅さを見せると予測されている。
一方、国内中間層がターゲットのミッドタウンや郊外は、それぞれ0.20%、0.85%と、ほぼゼロ成長に陥っている。この市場の「K字型」の分岐は、各種データによって明確に裏付けられている。
デベロッパーは売れない低価格帯から撤退し、唯一売れる高価格帯・外国人向けセグメントへと戦略的に経営資源を集中させている。この二極化を受け、体力のある大手デベロッパーは「草の根」市場から事実上撤退し、業界は体力勝負の市場統合の段階に入っている。
政策対応と外国人投資への戦略的ピボット
政府は国内市場のテコ入れを図っているが、その効果は限定的である。主な刺激策として、不動産譲渡・抵当権設定費用の0.01%への引き下げ、およびLTV規制の一時的緩和が実施された。デベロッパー業界はこれらの措置のさらなる延長を政府に要求している。
しかし、これらの政策には限界がある。現在の問題の根源は金利の高さや手数料ではなく、70%のローン拒否率という信用アクセスの枯渇にある。買い手は手数料が安くなったとしても、ローンの審査自体を通過できない。
国内需要の回復が見込めない中、政府と市場は唯一好調な「外国人需要」のさらなる取り込みへと戦略的に舵を切っている。最も注目すべき動きは、政府が外国人投資家誘致のため、不動産リース期間を現行の30年から99年へ延長する法改正を提案していることだ。これが実現すれば、外国人による不動産保有に関する画期的な規制緩和となる。
この規制緩和案は、長らくタイの不動産市場で横行してきた違法な「ノミニー」スキームに対する取り締まり強化と同時に進行している。最近の最高裁判決では、30年を超えるリース期間の自動更新条項が無効と判断されており、従来のグレーな投資手法のリスクが急上昇している。
この「アメとムチ」の政策は明確な意図を持っている。違法で不安定なノミニーという裏口を閉鎖する一方で、合法的かつ長期的な所有権という表玄関を大きく開くことで、より健全な形で巨額の外国資本を不動産市場に呼び込もうとしている。
今後の展望と社会的影響
本レポートで分析した市場の二極化は、短期的な経済現象に留まらず、タイ社会における資産格差を決定的に拡大させ、永続化させる要因となる可能性がある。
ワールドバンクのレポートは、資産価格が労働生産性を上回って上昇する市場が、いかにして富の不平等を拡大させるかを指摘している。不動産を所有し、その価格上昇の恩恵を受けることができる富裕層・外国人投資家と、信用市場から締め出され、高騰する家賃を払い続けるしかない国内中間層以下との間で、深刻な社会的分断が進行することは避けられない。
タイの国内メディアは、この状況を「タイ国民にとって、家を買うことがより困難になる」と要約している。デベロッパーが低価格帯住宅の新規供給を停止し、銀行が同セグメントへの融資を拒否する現状において、タイの若年層や新興中間層にとって、住宅所有は達成が極めて困難な目標となりつつある。
今後、タイの都市部では深刻なパラドックスが発生する。一方で「草の根」層は住宅不足と価格高騰に苦しみ、もう一方では販売不能となった低価格帯在庫や投機目的で購入されたコンドミニアムが空室のまま塩漬けになる。これらの「ゴースト・ビルディング」は、都市の社会構造を侵食し、スラム化や治安悪化といった形で、長期間にわたり深刻な社会的コストを生み出す可能性がある。
BKK IT Newsの見解
2025年11月2日付の記事は、市場の症状である空き家を誇張して報じたが、その病根である国内信用の崩壊を見誤っている。2025年のタイ不動産市場は、投機バブルの崩壊ではなく、深刻な「草の根」金融危機に直面している。
この危機は国内市場、特に低価格帯を機能不全に陥らせる一方、政府とデベロッパーを唯一機能している外国人・富裕層市場への依存へと走らせている。この結果、タイ社会はマイホームを持てる者と持てない者に決定的に二極化し、将来にわたり深刻な社会的格差を抱え込むことになる。
今後のタイ市場に関与する投資家や企業は、この「二つのタイ市場」、すなわち崩壊した国内草の根市場と活況を呈する外国人・富裕層市場の分岐を、すべての戦略の前提として組み込むことが不可欠になるだろう。
参考記事リンク
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