2021年12月に開業したラオス・中国鉄道は、東南アジア唯一の内陸国ラオスを「陸の孤島」から「陸の連結国」へと転換させる国家戦略の中核を担うプロジェクトだ。中国の「一帯一路」構想の旗艦事業として注目されるこの鉄道は、開業から約3年が経過し、貿易と観光の両面で目覚ましい成果を上げている。しかし、その裏には国家の財政を圧迫する深刻な債務問題が横たわっている。
プロジェクトの規模と構造
ラオス・中国鉄道は、中国雲南省の昆明からラオスの首都ビエンチャンまでを結ぶ全長1,035kmの国際鉄道だ。ラオス国内区間は、中国との国境の町ボーテンからビエンチャンまでの422kmで、標準軌の単線電化路線として建設された。2016年12月に着工し、5年の歳月を経て2021年12月に開業した。
険しい山岳地帯を貫くため、ラオス区間だけで75本のトンネルと167本の橋梁が建設され、路線の47%がトンネル、15%が橋梁で構成されている。この技術的な挑戦の大きさが、プロジェクトの莫大なコストにつながっている。
プロジェクトの総工費は約60億米ドルで、ラオスのGDPの約3分の1に相当する規模だ。事業主体は中国側70%、ラオス側30%の出資比率で設立された共同事業体(JV)のラオス・中国鉄道会社(LCRC)だ。資金調達は、負債60%、自己資本40%のスキームで組まれ、約36億米ドルが中国輸出入銀行からの融資で賄われた。
ラオス政府にとって深刻なのは、自己資本として拠出すべき約7.3億米ドルさえも自国の財政では捻出できず、国家予算から2.5億米ドルを支出した上で、不足分を補うために中国輸出入銀行から4.8億米ドルの追加融資を受けたことだ。これは二重の債務負担を意味している。
目覚ましい運営実績
開業以来、鉄道の輸送実績は急成長を続けている。2024年12月までに累計旅客輸送数は4,300万人以上、貨物輸送量は4,830万トンに達した。2025年9月時点では累計貨物輸送量が6,760万トンを超え、そのうち1,500万トンが国境を越える輸送だった。
輸送効率の向上は劇的だ。ビエンチャンと昆明間の陸上輸送コストは40%から50%削減され、輸送時間も大幅に短縮された。開業当初は約500品目だった輸送品目は、現在では3,000品目以上に拡大している。ラオスからは天然ゴム、キャッサバ、熱帯果物などが輸出され、中国からは電子機器、消費財、自動車などが輸入されている。
この結果、中国とラオスの二国間貿易額は2023年に71億米ドルに達し、前年比で26.6%増加した。2025年の1月から5月までの期間だけで、貨物総額は14億米ドル以上に達し、前年同期比で33.2%もの増加を記録している。
観光面でも効果は顕著だ。2022年に130万人だった外国人観光客到着数は、2023年には340万人に急増した。ラオス国内区間の旅客数も、2022年の100万人から2023年には180万人に増加している。世界遺産の街ルアンパバーンと首都ビエンチャンを結ぶ区間は、かつて道路で6時間から12時間かかっていたが、鉄道ではわずか2時間で結ばれるようになった。
建設期間中には約11万件の雇用が創出され、約1万2,000人が鉄道建設に関する技術訓練を受けた。開業後も物流、貿易、観光関連サービスといった分野で新たな雇用が生まれている。
債務危機の深刻化
運営面での成功の裏で、ラオスは深刻な債務危機に陥っている。公的債務および政府保証債務の総額はGDPの100%を超え、政府歳入の半分以上が債務の返済に充てられている異常事態だ。
60億米ドルの鉄道プロジェクトは債務問題の象徴として注目されるが、豪州のローウィー研究所の分析によれば、ラオスの債務負担において「はるかに大きな」割合を占めているのは、同じく中国の融資による水力発電セクターへの過剰投資だという。鉄道事業におけるラオス政府の出資比率が30%に留まっていることが、債務危機全体における鉄道の役割を一定程度抑制しているとの見方もある。
しかし、問題の本質は特定のプロジェクトではなく、適切な返済能力や投資吸収能力の計画なしに、中国からの巨額融資に依存して国家開発を進めるという、ラオスの開発モデルそのものに内在する構造的な脆弱性だ。
最も憂慮すべき点は、鉄道がもたらす経済的利益をもってしても、ラオスが自力でこの債務危機から脱却することは不可能であると分析されていることだ。危機からの脱出には、中国による大規模な債務救済が不可欠とされている。しかし現状では、国際通貨基金(IMF)などを介した本格的な債務再編は行われていない。代わりに、ラオスと中国は年ごとの場当たり的な債務返済猶予を繰り返す「extend and pretend(見て見ぬふり)」戦略を取っていると批判されている。
このアプローチは公式なデフォルトを回避する一方で、危機を長期化させ、ラオスをさらなる経済的ショックに対して極めて脆弱な状態に置き去りにし、経済発展が停滞する「失われた10年」を招く恐れがあると警告されている。
富の分配の不均衡
鉄道が創出する経済的価値は、一体誰の手に渡っているのか。ローウィー研究所が指摘し、米国の国際放送局ボイス・オブ・アメリカが報じた決定的に重要な分析結果がある。「鉄道を利用して中国へ輸出される産品のほとんどは、ラオス資本の企業によるものではなく、ラオスで操業する中国企業によるものである」という事実だ。
鉄道の開通によってラオスの総輸出額は確かに増加している。しかし、その利益の大部分は、ラオスの資源や農業セクターに投資してきた中国企業に還流している可能性が高い。このインフラは、ラオス固有の輸出産業を育成する基盤となるよりも、中国資本がラオス国内で得た利益や資源を効率的に中国本国へ還流させるパイプラインとして機能している側面が強い。
ラオスは、自らが負う巨額の国家債務というリスクを社会全体で負担しながら、その対価として建設されたインフラが生み出す利益の多くが外国資本によって獲得され、国外に流出していくという構図に置かれている。
深刻な財政的圧力は、ラオス政府に国家の戦略的資産の売却を強いている。その最も象徴的な例が、債務返済資金を捻出するために、国営電力公社の送電網事業の株式90%を中国の国有企業に売却した一件だ。これは、国家の経済主権が財政的な存続と引き換えに譲渡されている具体的な証拠と言える。
人的・環境的コスト
経済や財政の指標だけでは測れない代償も大きい。プロジェクトのために3,800ヘクタール以上の土地が収用され、推定4,411世帯が立ち退きや移転を余儀なくされた。多くの報告書が、影響を受けた住民に対する補償が適時かつ公正に行われなかった実態を記録している。補償金の支払いが何年も遅れたり、提示された金額が不十分であったりする事例が後を絶たなかった。2021年の時点で、依然として371世帯が未補償の状態にあったと報告されている。
多くの農村コミュニティにとって、農地の喪失は食料と収入源の直接的な喪失を意味した。影響を受けた住民の中には、かつては一年分の食料を自給し余剰分を販売できていた米の生産量が、土地を奪われた結果、自家消費分を賄うのがやっとになったと証言する者もいる。
建設工事は様々な環境問題を引き起こした。工事現場からの排水による水質汚染や、地域住民が利用する水源の遮断などが報告されており、人々の健康や農業生産性に直接的な影響を及ぼした。
このプロジェクトは環境・社会セーフガードにおける重大な欠陥を露呈した。融資元である中国輸出入銀行は、セーフガードの適用を借入国の国内法に委ねる方針をとっており、ラオスには関連する国内法が存在するものの、その施行は「不十分かつ一貫性を欠いていた」と指摘されている。
今後の可能性と課題
世界銀行の試算によれば、ラオス・中国鉄道は長期的にはラオスの総所得を最大で21%増加させるポテンシャルを秘めている。しかし、この可能性を現実のものとするためには、ラオス政府が補完的改革を断行することが絶対条件だと強調されている。
具体的には、税関手続きの簡素化・近代化による貿易円滑化、生産拠点と鉄道駅を結ぶ道路網の整備、規制緩和による投資誘致とビジネス環境の改善などが必要とされている。インフラという「ハード」を整備した今、それを活かすための制度や政策という「ソフト」の改革が問われている。
債務問題については、ローウィー研究所などがラオスと中国にIMFを交えた協議を開始することを推奨している。IMF主導のプロセスは、債務状況に関する中立的な技術分析を提供し、ガバナンスの欠陥を是正するための政策的条件を課し、他のドナーからの譲許的融資を引き出す道を開く可能性がある。
まとめ
ラオス・中国鉄道は、ラオスを地域と連結する現代的な輸送の大動脈として、計り知れない潜在能力を秘めている。貿易量や観光客数の増加、新たな雇用創出など、具体的な経済活動を生み出していることは事実だ。
しかし、その輝かしい可能性は現時点では、国家を押しつぶしかねない債務の重荷、経済的利益の不均衡な分配、そして深刻な社会的・環境的コストの影に覆われている。ラオスが新たに手にした物理的な「連結性」を、国民全体の真の、そして持続可能な「豊かさ」へと結びつけることができるかどうかは、今後の政策対応と改革の実行能力にかかっている。
参考記事リンク
- Boten–Vientiane railway – Wikipedia
- The-Laos-China-Railway.pdf – The European Institute for Asian Studies
- China-financed Laos railway expands Beijing’s reach in Southeast Asia – Voice of America
- Trapped in debt: China’s role in Laos’ economic crisis – Lowy Institute
- Laos risks lost decade unless China provides debt relief – Lowy Institute


