タイ経済の停滞打破へ、OECD加盟と脱炭素化を軸とした包括改革
2025年10月8日、アヌティン・チャーンウィーラクーン首相は、タイ経済セミナーの基調講演で「国の構造リセット」計画を発表した。タイが抱える多次元的な課題に対応するための包括的な改革アジェンダである。
タイが直面する深刻な課題
首相は、タイが「最も挑戦的な時期」にあると述べた。特に、ベトナムに経済成長で後れを取っていることを「悪夢」と表現し、改革の緊急性を強調した。この表現は、国民的なコンセンサスを形成しようとする政治的メッセージである。
タイは20年以上にわたり「中所得国の罠」に陥っている。安価な労働力と組み立て産業を基盤とする経済から、イノベーションや高付加価値サービスが主導する経済への移行を果たせずにいる。2025年のタイのGDP成長率は1.8%から2.2%程度と予測され、地域の競合国に大きく水をあけられている。
加えて、GDP比約89%に達する高水準の家計債務が国内消費を抑制している。さらに、急速な高齢化と労働人口の減少が進んでおり、長期的な成長ポテンシャルに直接的な打撃を与えている。
「リセット」計画の3つの柱
この計画は、3つの主要な柱で構成されている。これらは相互に深く依存し合っており、特にガバナンス改革が経済的信頼とグリーン・デジタル投資の前提条件となっている。
第1の柱:安全保障、司法、ガバナンス
国内外の安全保障が経済発展の基盤であるという認識に基づいている。対外的には、カンボジアとの国境を越えた犯罪の取り締まりや協力強化など、地域安定化への取り組みが進められる。国内では、麻薬密売、オンラインギャンブル、テクノロジーを利用した詐欺といった国境を越える犯罪への対処が強化される。
核心は、司法プロセスの改革と法の支配の強化、そして汚職との闘いである。これらの改革は、タイが現在進めているOECD加盟申請と明確に結びつけられている。OECD加盟には、ガバナンスと透明性に関する国際基準の遵守が必須であり、この外部からの圧力を国内改革の推進力として利用する戦略である。
OECD加盟プロセスは5年から7年を要し、26の技術委員会による詳細な審査が行われる。タイは2025年12月に最初の覚書を提出する計画である。このプロセスは、困難で不人気となりがちな国内改革を推進するための外部からの技術的枠組みと政治的な梃子を提供する。
第2の柱:経済回復と社会的強靭性
時代遅れとなった経済構造から脱却し、地域における経済的リーダーシップを取り戻すことが目標である。主要戦略は、国民の所得を創出しつつ、支出と負債を削減するという二方面からのアプローチである。
具体的には、中小企業への支援、エネルギーや交通費といった生活費の削減策、「スマート農業」のようなイニシアティブを通じた農業セクターの強化が含まれる。
高齢化社会と出生率の低下という深刻な課題への対応も柱の一つである。提案されている政策には、高齢者が尊厳と質の高い生活を送れるようにすること、彼らが所得を得るためのシステムを構築すること、定年年齢の引き上げに関する議論などが含まれる。並行して、若い世代の教育の質とスキルの向上にも重点が置かれている。
第3の柱:グリーンとデジタルの未来
持続可能な成長と国際競争力の確保を目指している。2050年までに温室効果ガスのネットゼロ排出を達成するという決意が示された。これは、タイ製品が国際市場で競争力を維持するための貿易上の必須要件として位置づけられている。
主要なメカニズムとして、標準化された炭素クレジット取引市場の設立が挙げられる。2025年8月、内閣はパリ協定に準拠した国際炭素クレジットガイドラインを承認した。2025年には気候変動法案が承認され、2027年に施行される見込みであり、これにより排出量取引制度やカーボンプライシング手段の法的枠組みが確立される。
クリーンエネルギーの推進も重要な要素である。家庭用太陽光発電やコミュニティ・ソーラープロジェクト、クリーンエア法や気候変動法といった重要法案の制定が含まれる。
デジタル変革については、デジタル政府への移行を加速し、AIを活用する。これは経済効率の向上だけでなく、透明性を高めるためのツールとしても位置づけられており、汚職対策の目標を直接的に支援するものである。
実行における課題と見通し
政府は「リセット」という長期ビジョンを掲げる一方で、即効性のある消費主導の景気刺激策を同時に展開している。「コン・ラ・クルン・プラス」プログラム、観光関連の税制優遇措置、燃料価格の引き下げなどである。これらは草の根経済に流動性を注入することを目的としているが、長期的な財政規律の必要性と緊張関係にある。
タイの公的債務はGDP比で70%に近づいており、歳入の伸びが歳出の伸びに追いついていない。IMFも警告を発している。短期的な人気取りと長期的な国家の健全性という、二つの相反する要求の間で難しい舵取りを迫られている。
アヌティン首相は、翌年に選挙が行われることを明確に認めている。「リセット」計画は、選挙戦で掲げるための壮大なビジョンとしても解釈できる。最初の行動計画に設定された4ヶ月という期間は、解散前の期間と一致しており、投票日前に迅速な成果をアピールする戦略を示唆している。
人材資本の育成は最も困難で長期的な課題である。教育制度の構造改革は極めて困難であり、数十年にわたる持続的な努力を必要とする。世界銀行も、不十分なスキルが中小企業の主要な障壁であると強調している。
地域との比較から見えるもの
マレーシアの新経済モデル(2010年頃開始)も「中所得国の罠」への直接的な対応であった。しかし、根深い制度的問題、教育改革の難しさ、アファーマティブ・アクション政策の政治的複雑さに苦しんだ。既得権益に立ち向かい、抜本的な制度・教育改革を断行する政治的意志がなければ、ビジョンに満ちた計画だけでは不十分である。
韓国のグリーン・ニューディール(2020年発表)は、2050年までにカーボンニュートラルを達成する大規模な計画である。韓国の成功は、国家主導の強力な産業政策、ハイテクな産業基盤、中核技術への早期かつ体系的な投資の上に築かれている。グリーン移行を成功させるためには、目標を設定するだけでなく、国内に技術的リーダーからなるエコシステムを育成する必要がある。
タイの「リセット」計画は、これら二つの巨大な課題を同時に解決しようとする試みである。マレーシアが直面した「中所得国の罠」と、韓国が目指す「グリーン産業革命」の両方に取り組まなければならない。この「二重の移行」は、計画を非常に野心的なものにすると同時に、実行リスクを大幅に増大させている。
今後の方向性
BKK IT Newsの見方では、段階的な実行による解決が最も現実的な道筋と考えられる。最も可能性の高いシナリオは、グリーンインフラプロジェクトの展開や法案の可決など、アジェンダの「より容易な」部分で進展を見せることである。
しかし、教育や司法における根深い構造改革は遅々として進まず、政治的抵抗に阻まれる可能性が高い。短期的な景気刺激策が引き続き財政を圧迫する。経済は緩やかな循環的回復を見せても、長期的な約2.5%の成長軌道からの構造的な脱却には時間を要するだろう。
計画の成功は、異なる政権をまたいで10年以上にわたり一貫した政策方向を維持できるかどうかにかかっている。特にOECD加盟プロセスの進捗が、改革へのコミットメントを測る重要な先行指標となる。
グリーン移行は、再生可能エネルギーやEVのような勝者と、化石燃料産業や伝統的農業のような敗者を生み出す。この移行を管理し、社会不安を避けることが主要な課題となる。投資が都市部のハイテク分野に集中すれば、都市と地方の格差は広がるかもしれない。しかし、コミュニティ・ソーラーやスマート農業のようなイニシアティブが成功すれば、地方の所得を押し上げる可能性がある。
今後数年間が、この「リセット」がタイ経済のルネサンスの始まりを告げるものとなるのか、それとも短期的な政治的力学と長期的な構造的惰性の重みに屈した計画として終わるのかを決定づけるだろう。
参考記事リンク
- นายกฯ ลั่น reset โครงสร้างประเทศทั้ง 3 มิติ พาไทยทวงคืนแชมป์อาเซียน – InfoQuest
- Anutin unveils vision to reset Thailand’s 3D structure, reclaim regional leadership – The Nation Thailand
- OECD kicks off accession process with Thailand – OECD
- Thailand and the Middle-Income Trap: An Analysis from the Global Value Chain Perspective – ResearchGate
- IMF identifies ‘4 traps’ hindering Thailand’s economic growth – The Nation Thailand


