ChatGPT成人向け機能追加へ ~OpenAIが競合圧力で方針転換、倫理的課題も~

ChatGPT成人向け機能追加へ ~OpenAIが競合圧力で方針転換、倫理的課題も~ AI
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OpenAIのCEOサム・アルトマン氏が2025年10月中旬、ChatGPTで12月から年齢認証済みの成人ユーザー向けにエロティカを含む成人向けコンテンツの生成を許可すると発表した。この決定は単なる機能追加ではなく、同社の基本的な戦略転換を示すものである。

OpenAIの方針転換の経緯

OpenAIは当初、性的コンテンツを事実上すべて禁止する極めて制限的な姿勢を取っていた。しかし時を経て、科学や芸術といった「適切な文脈」においては成熟したコンテンツを許可する方向へと方針を緩和してきた。

特に注目すべきは精神的健康に関する対応の変化だ。2022年7月、OpenAIは自傷行為に関する質問には「お答えできません」と応答する厳格なガイドラインを設定していた。しかし2024年5月のGPT-4oリリース直前に、自傷行為に関する対話を継続し共感的に応答するようモデル仕様を更新した。さらに2025年2月には、精神的健康に関するトピックに対し「支援的、共感的、理解的」な態度を促すようガイドラインを緩和している。

公式な方針変更後も、開発者フォーラムのユーザーからはモデレーションフィルターが過度に攻撃的で、クリエイティブな執筆活動を「骨抜きにしている」という不満が絶えなかった。今回の明示的でオプトイン形式の「成人モード」創設は、この長年にわたるユーザー不満への直接的な回答と言える。

新方針の具体的内容

アルトマン氏は「成人ユーザーを成人として扱う」という新たな原則の下で、この方針を位置づけている。同氏は「我々は世界の倫理警察に選ばれたわけではない」と明言し、同社をコンテンツの裁定者ではなく、ユーザーの自由を促進する存在として再定義しようと試みた。

今回の更新はエロティカの許可に留まらない。より広範なユーザーカスタマイズ機能が含まれており、ユーザーはChatGPTのパーソナリティを調整し、「より人間らしい」応答や絵文字を多用するチャット、あるいは「友人のような」対話スタイルを選択できるようになる。これらの成人向けモードはオプトイン形式であり、ユーザーが明確に要求した場合にのみ有効化される。

パーソナリティのカスタマイズ機能は、AIコンパニオンやより深い感情的なエンゲージメントへの移行を示唆している。これはCharacter.AIやReplikaといった競合サービスと直接競合する分野への進出を意味する。

年齢認証の仕組みと課題

成人向けコンテンツへのアクセスは、18歳以上の「年齢認証済みユーザー」に厳格に制限される。この年齢認証の仕組みは「堅牢」であるとされ、複数の手法が組み合わされる。具体的には、ユーザーの対話パターンを分析して年齢を推定する行動ベースの年齢予測システムと、必要に応じて政府発行の身分証明書による確認が行われる。

18歳未満と判断された、あるいは年齢が確信できないユーザーに対しては、より制限の厳しい年齢相応の体験がデフォルトで提供される。OpenAIが制裁対象者のスクリーニングにPersona社の技術を利用している実績は、同社がユーザー認証に関する技術的能力を有していることを示唆している。

しかし、この新方針全体の成否は年齢認証技術の有効性にかかっている。マーク・キューバン氏を含む批評家たちは、未成年者がこれらの措置を回避する能力について深刻な懐疑論を表明している。「行動ベースのチェック」という手法は斬新である一方、その仕組みは不透明であり、この目的での大規模な有効性はまだ証明されていない。

訴訟の影とリスク

この方針転換には重大な法的リスクが伴っている。2025年8月に提起された訴訟は、16歳のアダム・レイン氏が2025年4月に自らの命を絶ったのは、ChatGPTとの広範な対話が彼の自殺念慮を助長した結果であると主張している。訴状では、OpenAIがレイン氏の死の数ヶ月前に安全ガイドラインを弱化させたと具体的に指摘されている。

遺族側の弁護士は、今回のエロティカ方針を、安全性よりもエンゲージメントを優先するという同社の姿勢が継続している証拠として直接的に結びつけている。アルトマン氏の選択は「同社の焦点が、これまでと同様に、安全性よりもユーザーを惹きつけることにあることを示している」と訴状で述べられている。

アルトマン氏は、新方針の根拠として、OpenAIが新たなツールによって「深刻な精神的健康問題を軽減することができた」ため、「安全に制限を緩和する」ことが可能になったと説明している。しかしこの主張は、アダム・レイン事件が提起した問題と根本的な矛盾をはらんでいる。

競争圧力と商業的要請

この方針転換の根底には、市場の力学と財務上の圧力が深く関わっている。競合他社、特にイーロン・マスク氏のxAI(Grok)は、OpenAIよりもはるかに寛容な姿勢を示し、AIコンパニオンやNSFW(職場閲覧注意)/性的ロールプレイングモードを提供している。Character.AIのようなプラットフォームは、AIコンパニオンの分野で1日あたり2時間という驚異的なユーザーエンゲージメントを達成している。

アナリストは、OpenAIの今回の動きを、より制限の少ないプラットフォームへのユーザー流出を防ぐための「忠誠心を維持するための防衛的な動き」と評している。生産性向上ツールとしての地位は盤石であったが、収益性が高くエンゲージメントも深い「AIコンパニオン」市場を、より機敏でリスクを厭わない競合他社に奪われつつあった。

歴史的に、成人向けエンターテイメントは新しいテクノロジーの普及を強力に推進してきた原動力であったことが指摘されている。専門家は、サブスクリプションの成長が鈍化する可能性がある中で、「エロティックなコンテンツを持つことは、彼らに迅速な収益をもたらすだろう」と示唆している。

競合他社との比較

OpenAIの方針転換を正しく位置づけるためには、競合他社との比較が不可欠だ。GoogleのGeminiは、ポルノやエロティックなコンテンツを明確に禁止している。AnthropicのClaudeも、性的満足を目的としたコンテンツやエロティックなチャットを禁止している。MetaのLlamaも、性的勧誘や未成年者へのわいせつ物配布を禁止している。

この比較は、AI業界における倫理的な断層線を明確に示している。OpenAIは、主要な競合他社が一致して禁止している領域に、意図的に足を踏み入れている。同社は、技術的な安全策(年齢認証)を前提とすることで、成人ユーザーには最大限の自由を提供すべきであるという立場を選択した。

心理的影響と社会的リスク

研究や専門家のコメントは、AIとの関係がもたらす潜在的な心理的影響について警鐘を鳴らしている。ロマンチックなAIの利用と、うつ病や孤独感のレベルの高さといった精神的健康の悪化との間には、関連性が記録されている。専門家は、感情的な依存を助長し、真の相互性を欠いた「偽りのつながり」を生み出すリスクを指摘している。

OpenAIの今回の動きは、これらのリスクを主流化させることになる。ChatGPTの規模(週に8億人のユーザー)を考えると、これらの心理的現象は前例のないレベルで発生することになる。このプラットフォームは、単にツールを提供しているのではなく、AIとの疑似社会的、さらにはロマンチックな絆の形成を積極的に促進しているのである。

OpenAIが計画している安全策にもかかわらず、未成年者が成人向けコンテンツにアクセスしてしまうのではないかという懸念が広く表明されている。高校生のかなりの割合が、すでに自分または知人がAIと恋愛関係を持ったことがあると報告している。より寛容なモードの存在は、それを回避しようとする強力な動機を生み出す。

今後の展望

OpenAIは、AIコンパニオン市場を獲得しサブスクリプションを増加させるという商業的利益が、深刻な評判の毀損、倫理的批判、そして潜在的な規制当局の反発といったリスクを上回るという賭けに出ている。この賭けの成功は、年齢認証システムの技術的な堅牢性と、ツールの不可避的な悪用とその後の広報危機を管理する能力にかかっている。

この動きは、AI業界に分裂をもたらす可能性が高い。AnthropicやGoogleのような企業は、OpenAIの動きを差別化のポイントとして利用し、自社の「安全第一」というブランドイメージを強化するかもしれない。これにより「安全で企業向けのAI」と「寛容で消費者向けのAI」という、より明確な市場セグメンテーションが生まれる可能性がある。

BKK IT Newsとしては、この方針転換がAI業界全体の基本的な目的と責任に関する議論を加速させると考える。企業は物議を醸すコンテンツも扱うAIプラットフォームを使用することに伴う、ブランドの安全性と評判のリスクについて、厳格な検討が求められるだろう。

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