自動車業界で大きな転換が起きている。2026年からGM車にGoogle Geminiが搭載されることが正式に発表された。この決定は単なる技術導入ではなく、自動車産業の収益構造を根本から変える試みである。
GMのAI統合戦略
GMは2025年10月22日にニューヨークで開催したメディアイベントで、2026年からGoogle Geminiを搭載すると発表した。対象車両はビュイック、シボレー、キャデラック、GMCの全ブランドで、OnStarを搭載した2015年式以降の車両も対象となる。Google PlayストアからOTAアップデートで提供される。
Geminiは自然な会話形式での対話が可能で、車両データにアクセスしてメンテナンスの問題を事前に警告する。EVのワンペダルドライビングなど車両機能の説明や、乗車前の空調調整も実行できる。充電ステーションを含む複雑なルート計画や、走行中に通過する橋の歴史を尋ねるといったウェブ統合機能も搭載される。
OnStarデータ活用の背景
GMは1996年にサービスを開始したOnStarで、車両テレマティクスの先駆的な地位を確立した。このプラットフォームは顧客との直接的なサブスクリプション関係を構築し、車両データ収集のパイプラインとなった。Geminiの体験もOnStarによって接続され、車両のテレメトリーデータと組み合わせてAI体験を微調整する計画である。
2019年にGMは電子アーキテクチャVIPを導入し、インフォテインメントだけでなく車両システム全体へのOTAアップデートを可能にした。2021年発表のLinuxベースのUltifiプラットフォームは、ソフトウェア層をハードウェアから分離し、OTAアップデートを通じた機能展開を実現した。
2028年式キャデラック・エスカレードIQでデビューする新しい集中型コンピューティングプラットフォームは、現在のVIPアーキテクチャと比較してOTAアップデート容量が10倍、帯域幅が1000倍、AI性能が最大35倍になる。このプラットフォームは推進方式に依存しないため、EVとガソリン車の両方で統一されたソフトウェア体験を提供できる。
CarPlayとAndroid Autoの廃止
GMは将来の全モデルでApple CarPlayとAndroid Autoを廃止する決定を発表した。公式見解では安全性と統合された優れたユーザー体験の創出を理由に挙げるが、実際の動機は車両データとドライバーデータの支配権確保にある。
CarPlayとAndroid AutoはAppleとGoogleがドライバーの行動や好み、車内アプリの使用状況に直接アクセスすることを可能にする。これらを排除することで、GMは自らをこのデータの唯一のゲートキーパーとして位置づける。
GMは2030年までに年間200億〜250億ドルのソフトウェアおよびサービス収益を上げる目標を公言している。このビジネスモデルは、Ultifiプラットフォームを通じた機能、アプリ、サービスのサブスクリプション販売に依存する。CarPlayとAndroid Autoは、ユーザーが既にスマートフォンで料金を支払っているサービスへのアクセスを可能にするため、この収益源を迂回させてしまう。
調査では、CarPlayとAndroid Autoが新車に求める最も重要な機能の一つであることが一貫して示されており、潜在的な購入者の大多数がこれらの機能がないことを購入を見送る理由だと回答している。競合のフォードは顧客の反発を受けて同様の計画を撤回した。
独自AI開発への布石
GMはGoogle Geminiの統合が前段階の措置であることを明確にしている。長期的なビジョンは、車両固有のインテリジェンスとドライバーの個人的な好みを活用して微調整された、GM独自のAIを導入することである。
Geminiを2015年式以降の既存車両にOTAアップデートで提供することで、GMは巨大なユーザーベースを確保し、AIの現実世界でのパフォーマンスをテストするための膨大な量の対話データを収集できる。これは、将来の独自AI開発とCarPlayなき世界への顧客の順応を促すための、大規模な市場検証およびデータ収集プログラムと見なせる。
独自開発のAIは、Geminiのような汎用モデルと比較して、データとプライバシーに対するより大きなコントロール、車両ハードウェアとのより深い統合、独自の知的財産の創出、そしてGoogleのような巨大テクノロジー企業へのベンダーロックインの回避といった戦略的利点を提供する。
競合他社の対応
メルセデス・ベンツはChatGPTを既存のMBUXシステムを置き換えるのではなく、拡張するために使用している。スマートフォン連携を好む顧客を遠ざけることなくユーザー体験を向上させる、リスクの低い戦略である。
テスラは常にクローズドなエコシステムを運営してきたため、姉妹会社であるxAIのGrokを統合するのは、その戦略の自然な延長線上にある。GoogleやAppleのような競合他社への依存を避け、自らをテクノロジー企業としてブランド化することを強化している。
トヨタはGMとは対照的に、リスクを回避しつつ顧客の選択肢を最大化する現実的なアプローチを取っている。自社開発の「Toyota Audio Multimedia」システムを進化させ、Google Cloudの先進的なAI音声技術を統合してネイティブ体験を向上させている。最も重要な点は、Apple CarPlayとAndroid Autoのサポートを継続し、標準装備として提供していることである。これにより、自社エコシステムへの移行を促しつつも、スマートフォン連携を好む顧客を失うリスクを完全に回避している。
ホンダの戦略は、短期的な現実主義と長期的な野心の両方を反映している。現在および近未来のモデルには「Google built-in」を採用し、実績のあるプラットフォームを提供している。同時に、2026年発売予定の次世代EV「0 Series」向けに、AIを中核とする独自の「ASIMO OS」を開発している。Apple CarPlayとAndroid Autoのサポートを継続することで、移行期間中の顧客離れのリスクをヘッジしている。これは、GMの急進的なアプローチとトヨタの保守的なアプローチの中間に位置する、計算された移行戦略である。
企業への影響
GMの戦略は複雑で、リスクに満ちている。短期的には競合他社のOS(Android Automotive)とAI(Gemini)に依存しつつ、同時にその競合他社(およびApple)の支配的なユーザーインターフェースに宣戦布告している。そして、まだ実績のない将来の独自プラットフォームにすべてを賭けている。
成功は3つの重要な要因にかかっている。ソフトウェア開発において一貫した実績があるとは言えないGMが、CarPlayやAndroid Autoの体験を真に凌駕する社内エコシステムを構築できるか。深い車両統合と優れたネイティブAIの約束は、大規模な消費者の反発を克服するのに十分なほど魅力的となりうるか。GMは、過去の顧客データの不正利用で法的および社会的な批判を浴びている中で、データ駆動型のビジネスモデルへの転換を成功させることができるか。
2028年の集中型コンピューティングアーキテクチャが、GMのソフトウェア統一戦略と、スマートフォン連携機能の完全廃止を可能にする鍵となる。このハードウェア統一がなければ、EV向けとガソリン車向けの2つの異なるソフトウェアスタックを維持することは非効率でコストがかかりすぎる。
GMがソフトウェア・プラットフォーム企業への変貌を遂げる先駆者となるのか、それとも消費者の好みに逆らうという戦略的失敗を犯すのか。注視すべき主要マイルストーンは、2026年のGemini OTAアップデートの採用率とユーザーレビュー、Ultifiプラットフォーム上のサードパーティ製アプリエコシステムの成長と質、CarPlayなしで発売される新モデルの販売実績、そして2028年の集中型コンピューティングプラットフォームの計画通りのローンチである。
参考記事リンク
- GM Vehicles Will Introduce Conversational AI In 2026 – GM Authority
- GM announces eyes-off driving, conversational AI, and unified software platform – GM News
- Google Gemini will arrive in GM cars starting next year – Engadget
- GM Will Phase Out Apple CarPlay and Android Auto on Its Gas-Fed Cars – Car and Driver
- GM Again Attempts to Explain Its Decision to Drop CarPlay in New EVs – MacRumors

