2025年10月16日から19日にかけて、バンコクで「Gamescom Asia × Thailand Game Show 2025」が開催された。このイベントは、世界最大級のゲーム展示会Gamescom Asiaとタイの国内最大イベントThailand Game Showの統合により実現した。東南アジア最大規模のゲームイベントとなったこの催しは、タイのゲーム産業にとって重要な転換点を示している。
イベントの統合経緯
Gamescom Asiaは2021年にシンガポールで開始されたイベントである。アジア地域におけるビジネスプラットフォームとして機能してきた。2024年のシンガポール開催では41,013人の来場者を集めた。一方、Thailand Game Showは2006年設立で18年の歴史を持つ。タイ国内のゲームファンに深く浸透し、2024年には186,876人の来場者を記録していた。
2025年2月、両イベントの主催者は統合を発表した。Gamescom Asiaがシンガポールからバンコクへ移転する形で実現した。統合の背景には、東南アジア市場の分断化問題があった。近接した時期に2つの主要イベントが開催されることで、出展者やスポンサーの予算が分散していた。この問題を解決し、地域で唯一の必須イベントを創出する狙いがあった。
バンコク移転の理由は明確である。Thailand Game Showが証明してきた約20万人規模の動員力は、シンガポールでは実現できなかった規模だった。加えて、タイ政府の強力な支援体制がある。デジタル経済推進機関(depa)や新設されたタイ・クリエイティブ・カルチャー・エージェンシー(THACCA)が、ゲーム産業を国家戦略の柱と位置づけている。
2025年イベントの実績
今回のイベントは2つの異なるセグメントで構成された。10月16日と17日のビジネスエリア(B2B)では、業界関係者、開発者、投資家が参加した。10月17日から19日のエンターテイメントエリア(B2C)では、一般来場者向けのショーケースが展開された。
主要な国際パブリッシャーが出展した。PlayStation、任天堂、Xbox、カプコン、HoYoverseなどが参加し、未発売タイトルのデモを提供した。B2Bカンファレンスには20カ国から70名以上の講演者が登壇した。基調講演は『Dead Space』の共同制作者グレン・スコフィールド氏が務めた。
タイ政府の支援により、depaの協力で80から100以上のタイトルを展示する大規模なインディーエリアが設けられた。専用の「タイ・パビリオン」も設置され、国内の開発エコシステムを育成するプラットフォームとして機能した。Thailand Game Awards 2025やコスプレコンペティション、『ストリートファイター6』のトーナメントなど、タイで定着している人気イベントも統合された。
最終的な来場者数は206,159人に達した。このうち81カ国から5,590人のビジネス関係者が参加した。B2Bセッション期間中の商談額は12億タイバーツを超えたと報告されている。
タイのゲーム市場の現状
タイのゲーム市場は着実な拡大を続けている。2023年の市場規模はデジタル経済推進機関によれば340億バーツと評価されている。2024年には約550億バーツ、2025年には約870億バーツに達し、2033年までに約1,140億バーツに達する見込みである。年平均成長率は8.28%と予測されている。
タイには3,200万人以上のゲーマーが存在する。東南アジアで最大級のゲームコミュニティである。しかし、市場収益の90〜95%以上が海外のパブリッシャーに流出している。タイ製のゲームが占める収益はごくわずかだ。この「収益の国外流出」が、政府が本イベントや関連政策を通じて解決を目指す主要な課題となっている。
政府の支援体制
タイ政府はゲーム産業を国家の「ソフトパワー」戦略の柱として明確に位置づけている。ゲームを通じて、タイの文化、観光、食、伝統を世界に発信する狙いがある。THACCAやdepaが専門の小委員会や資金提供プログラムを設置し、積極的に推進している。
現在、「ゲーム産業振興法」の策定が進められている。2025年末までの制定が見込まれており、成立すればタイはASEANで初めてゲーム産業に特化した法律を持つ国となる。この法律は単なる規制ではなく、産業育成のための政策ツールとして設計されている。
法案には4つの主要な構成要素がある。規制機関の設置、国内で運営される全ゲームの登録制度、違反ゲームのブロックや監査を実施する法執行体制、そしてタイの開発者への助成金や共同投資を提供する振興・資金調達制度である。
この法律により、海外からの投資を誘致しつつ、国内産業を育成する仕組みが整う。明確で安定した規制環境を整備することで、予測可能性を重視する国際投資家にとって魅力的な市場となる。同時に、ゲーム産業基金や登録要件を通じて、国内開発者を支援・優先する。
経済的な影響
このイベントは、多岐にわたる経済的利益をタイにもたらした。B2Bセッション期間中に12億タイバーツを超える商談が成立したことは、直接的な資本注入を示している。
国際的なベンチャーキャピタルやパブリッシャーが、タイの開発者と繋がるためのプラットフォームとして機能した。これにより国内スタジオへの資金提供やパートナーシップが促進される。推定206,159人の来場者が、バンコクの観光、ホテル、飲食業界に経済効果をもたらした。
イベントの開催は、コンテンツ制作やローカライゼーションなど幅広いサービスへの需要を喚起した。雇用創出とクリエイティブ産業全体のサプライチェーン強化に繋がっている。
「タイ・パビリオン」や「インディーエリア」は、国内IPを国際的なパブリッシャーや投資家に提示する戦略的なショーケースとして機能した。ビジネスマッチングやピッチコンペティションが、IPと資本の橋渡しを促進した。12億バーツという商談額は、この仕組みが機能し始めた証拠と言える。
タイのゲームハブ化に向けた課題
タイが真のゲームハブとして成功するためには、克服すべき課題がある。最も重要なのは、シニアレベルの人材育成と国内への定着である。プロデューサー、クリエイティブディレクター、テクニカルリードといった経験豊富な専門家が、海外に移住することなく持続可能なキャリアを築ける環境が必要である。
現在の取り組みは、エントリーレベルの成長を刺激する効果は高い。しかし経験豊富な専門家がキャリアを築けるかが次の課題となる。イベントにグレン・スコフィールド氏のような世界的専門家を招聘することは一時的な知識移転にはなる。しかし真の成功の指標は、5年後、10年後にタイの専門家が基調講演の舞台に立っているかどうかである。
そのためには、プロジェクトへの資金提供だけでなく、スタジオの安定性、競争力のある給与、キャリアアップの道筋への長期的な投資が不可欠である。現在の政策は、その目標達成のための必要条件ではあるが、十分条件ではない。
今後の展望
BKK IT Newsとしては、タイのゲーム産業ハブ化は段階的に進展すると見ている。今回のイベント成功は、その第一歩を示すものである。地域最大のゲームイベントを継続的に開催することで、バンコクは東南アジア本土における主要なゲームハブとしての地位を固める可能性がある。
2026年以降もこのイベントが継続されることが重要である。単発のイベントではなく、毎年恒例の「参加必須」イベントとして定着することが、真のハブ化には必要である。国内の開発エコシステムが成熟し、成功したタイ産ゲームが継続的に生まれる環境の構築が求められる。
「ゲーム産業振興法」の施行により、法的基盤が整備される。この法律の実効性が、今後の成否を左右する要因の一つとなる。規制よりも円滑化と迅速性を重視した運用が望まれる。
国内の開発者にとって、2025年以降のイベントは世界的な知名度向上のための主要プラットフォームとなる。世界市場で差別化を図れる、ユニークなタイの文化的要素を持つゲームの開発が重要である。提供されるビジネスマッチングやピッチングの機会を積極的に活用することが求められる。
国際的な投資家やパブリッシャーにとって、タイは単なる消費者市場ではなく、戦略的な生産・パートナーシップのハブとしての価値を持つ。政府のインセンティブ、豊富な人材プール、最高の年次イベントの組み合わせは、他に類を見ない環境を創出している。地元のスタジオとの早期パートナーシップは、競争優位をもたらす可能性がある。
参考記事リンク
- Home | gamescom asia x Thailand Game Show
- Gamescom Asia x Thailand Game Show 2025 Wraps Up with Record Attendance – IGN
- gamescom asia and Thailand Game Show Join Forces to Establish the Region’s Largest Gaming Event
- As Thailand Positions Gaming as Growth Engine, Industry and Government Level Up Efforts to Foster Global Collaboration
- Minister touts nation as gaming hub – Bangkok Post