米ビッグテック3社の脱中国サプライチェーン ~AWS・Microsoft・Googleがタイなどへ生産移管~

米ビッグテック3社が脱中国加速 ~AWS・Microsoft・Googleがタイなどへ生産移管~ タイ国際外交・貿易
タイ国際外交・貿易

2025年10月中旬、米国ビッグテック3社が動いた。Microsoft、AWS、Googleが中国依存のサプライチェーンを大幅に見直している。この動きは一時的なものではない。米中間の技術覇権争いが構造化した結果だ。タイをはじめとする東南アジア諸国が、この変化の主要な受け皿として注目を集めている。

3社の戦略

Microsoftは2026年までに、データセンター用サーバーの部品表(BOM)の80%以上を中国国外から調達する目標を設定した。対象はデータセンターサーバーとSurfaceラップトップが中心だ。注目すべきは、最終製品の組み立てだけでなく、ケーブル、コネクタ、プリント基板(PCB)といった基礎部品レベルまで調達先を変更している点だ。

AWSはAIデータセンター用サーバーという事業の核に焦点を当てている。長年の取引先である中国系のプリント基板メーカー、SYE社からの調達削減を検討中だ。SYE社が中国国外に生産拠点を持つにもかかわらず調達削減を検討している点は、中国という国家に関連するリスクそのものを排除しようとする意図を示している。同時に、マレーシア、タイ、台湾など世界各地で新たなクラウドリージョンの開設を発表している。

Googleは3社の中で最も早くから多様化に着手している。タイでのサーバー生産能力を大幅に増強するようサプライヤーに要請中だ。既にタイ国内で部品供給から最終組み立てまでの協力体制を確立している。2019年にはNest製品を台湾やマレーシアへ、Pixelスマートフォンをベトナムやインドへ移管した実績がある。

地政学的背景

この動きの直接的な引き金は、2025年における米中間の関税報復合戦の激化だ。2025年2月、トランプ政権は中国からの輸入品に対する関税を段階的に引き上げ始めた。中国も即座に報復措置で応じた。4月には米国側の関税率が実質的に100%を超える異常事態となった。

決定的な転機は2025年10月に訪れた。中国政府が、ハイテク製品製造に不可欠なレアアース(希土類)の輸出管理を大幅に強化すると発表した。

レアアース規制の影響

レアアースの輸出管理強化は、企業にとって極めて深刻な問題だ。スマートフォン、パソコン、電気自動車、風力発電機など、あらゆる製品に使われている。中国は世界のレアアース精製能力の約70%を掌握している。

企業経営への影響は多岐にわたる。まず、調達コストの上昇だ。代替調達先の確保には時間がかかり、その間の価格交渉力は大幅に低下する。次に、供給の不安定性だ。いつ供給が止まるかわからない状況では、生産計画が立てられない。さらに深刻なのは製品開発への影響だ。レアアースを使わない代替技術の開発には、莫大な研究開発投資と時間が必要になる。企業は事業継続そのものが脅かされる状況に直面している。

この危機に対し、トランプ大統領は11月1日からほぼ全ての中国製品に100%の追加関税を課す計画を発表した。100%という関税率は事実上の禁輸措置に等しい。中国を生産拠点として利用するビジネスモデルの終焉を意味した。

米中対立の構造

その根底には長期的な文脈がある。貿易摩擦に端を発し、先端技術の優位性を巡る国家安全保障上の対立へと深化してきた米中テクノロジー冷戦だ。

米国は、中国がAI技術を軍事力の近代化や監視体制の強化に利用していることを深刻な脅威と捉えている。半導体などの基幹技術における優位性を維持し、中国の技術的進歩を遅らせようとしている。これが「デカップリング」戦略の核心だ。

一方、中国は「中国製造2025」といった国家戦略の下、重要技術の国産化を目指してきた。今回のレアアース輸出管理の強化は、「世界の工場」としての地位を戦略的に武器化する能力と意思を明確に示した。

この米中対立は、互いの不信感を増幅させながら自己強化していく「負のスパイラル」に陥っている。企業にとって、いつ、どのような規制が課されるか予測不能であるという政策の不安定性が、事業継続を脅かす最大のリスクとなっている。

ODMの動向

米国テック大手の戦略転換は、生産を担う台湾系のODM(開発製造受託企業)の迅速な対応なくしては実現不可能だ。Foxconn、Quanta、Pegatron、Wiwynnといった世界有数のODMが、タイ、ベトナム、メキシコ、台湾での生産能力増強を急ピッチで進めている。

企業のサプライチェーン戦略の動機が変化している。かつての関税回避といったコスト最適化から、地政学的リスクの完全な排除へと質的に変化している。AIという次世代の技術覇権を左右する分野のサプライチェーンから中国を意図的に排除しようとする動きは、もはや単なる「多様化」ではない。特定の領域における「デカップリング(分離)」と呼ぶべき段階に入っている。

代替候補地の評価

中国の代替地として、東南アジア諸国、インド、メキシコが有力候補だ。

ベトナムは若く安価な労働力を持つが、急速な需要増で人件費高騰と熟練工不足が顕在化している。インフラは整備途上で、電力供給の不安定さがリスク要因だ。

タイは自動車・電子産業の集積により熟練工が多い。港湾、道路、工業団地など整備されたインフラを持つ。投資委員会(BOI)による手厚い優遇策がある。一方で、過去のクーデターなど政治的不安定性のリスクも抱えている。

インドは巨大な人口と豊富な若年労働力を持つ。生産連動型優遇策(PLI)など政府が製造業を強力に後押ししている。しかし、広大な国土に対してインフラ整備が追いついていない。

メキシコはUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)による関税優遇と安定した貿易環境を持つ。自動車産業の集積が世界レベルだ。しかし、治安問題が最大の懸念材料となっている。

完璧な代替地は存在しない。企業は自社の製品特性、ターゲット市場、リスク許容度に応じて最適な拠点を組み合わせる「マルチショアリング」戦略を取る必要がある。

技術の二極化

サプライチェーンの再編は、世界経済にとって大きなコストを伴う。短期的には世界の貿易量を減少させ、生産コストを押し上げる。これは消費者物価の上昇という形で、世界中の人々の生活に影響を与える。

しかし、このコストは未来への「保険料」と捉えることもできる。パンデミックや地政学的対立によって、効率性だけを追求したサプライチェーンの脆弱性が明らかになった。生産拠点を多様化し、強靭性を高めることは、予測不能なリスクによる壊滅的な供給網の断絶を防ぐための投資である。

物理的なサプライチェーンの分断は、デジタルの分断へと波及していく。中国は独自のインターネット生態系(Baidu, Alibaba, WeChatなど)を築いてきた。対して米国はTikTokやHuaweiといった中国発の技術を排除しようとしている。かつては一つであったインターネットが分断されていく「スプリンターネット」の到来だ。技術標準が分裂すれば、グローバルなデータの相互運用性は失われる。

タイと企業への影響

この変化は、タイの製造業にとって大きな機会だ。タイはGoogleやAWSからサーバー生産の拠点として選ばれている。自動車産業や電子部品製造で培ってきた技術力と熟練工の存在が、ビッグテックからの信頼獲得につながっている。一方で、電力インフラの安定性向上や技術人材の育成が課題となる。

中国に生産拠点を持つ企業は、米中対立の長期化を前提とした代替拠点の確保が求められる。タイは既に多くの企業が進出しており、ビジネス環境への理解も深い。この既存のネットワークを活用しながら、ビッグテックのサプライチェーンに組み込まれる可能性も視野に入れることができる。

単一の国に生産を集中させる時代は終わった。地政学リスクをリアルタイムで監視し、生産拠点を地理的に分散させる「マルチショアリング」戦略が不可欠となる。経営判断の尺度は、従来のコストと効率性だけでなく、強靭性(レジリエンス)、透明性、経済安全保障といった新たな指標を組み込む必要がある。

今後の展望

Microsoft、AWS、Googleが主導するサプライチェーンの再編は大きな変化を象徴している。世界はより分断され、予測が困難な環境へと移行していく。

世界は二極化していく可能性が高い。米国を中心とする同盟国・友好国の技術経済圏と、中国が主導する技術経済圏だ。ASEAN諸国やインドといった国々は、両陣営から投資を引き出す好機を得る一方で、どちらか一方の陣営につくよう圧力を受けるという、極めて難しい戦略的選択を迫られる。

BKK IT Newsとしては、この「脱中国化」がリスクの完全な解消ではなく、「リスクの移転」という側面を持つ点に注意を払う必要があると考える。多くの企業がベトナムやインドといった少数の国々に生産拠点を集中させれば、そこに新たなボトルネックや集中リスクが生まれる。

この新たな時代に適応するためには、効率性一辺倒の思考から脱却する必要がある。強靭性と安全保障を中核に据えた、より柔軟で多角的な戦略へと転換することが、あらゆる組織にとっての課題となっている。

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