タイのコメ輸出に打撃 ~日米貿易協定で年間20万トンの市場喪失か

タイのコメ輸出に打撃 ~日米貿易協定で年間20万トンの市場喪失か タイ国際外交・貿易
タイ国際外交・貿易

2025年7月に合意した日米貿易協定が、タイのコメ産業に深刻な影響を及ぼしている。日本が米国からのコメ輸入を75%増加させることで、タイの対日無関税輸出枠が大幅に縮小される見込みだ。年間約30万トンを維持してきた枠が10万トン未満に減少する可能性があり、これは年間約1億4,000万米ドルの収益損失に相当する。タイ政府は外交努力を開始したが、日本が米国との協定に拘束されているため、交渉の余地は極めて限定的だ。

タイのコメ業界が重大な岐路に立たされている。2025年7月に合意した日米貿易協定により、日本向けの無関税輸出枠が大幅に縮小される見込みだ。年間約30万トンを維持してきた枠が10万トン未満に減少する可能性があり、これは年間約1億4,000万米ドルの収益損失に相当する。

日米協定の中身

問題の核心は、日本がWTOの規定に基づいて設定しているミニマム・アクセス(MA)枠の再配分にある。この無関税輸入枠は約77万トンで、これまで米国とタイがそれぞれ約30万トンずつを供給してきた。

2025年7月22日に最終合意した日米貿易協定において、日本は米国からのコメ輸入を75%増加させることに合意した。米国のホワイトハウスも同じ数値を公式発表しており、この協定の確実性は高い。約30万トンから75%増加すると、米国産のシェアは約52万5,000トンになる計算だ。

日本にとってこの協定は、自動車産業を守るための戦略的判断だった。米国は日本の自動車と自動車部品に対して25%の関税を課すと示唆していたが、協定により15%に引き下げられた。日本の総輸出の20%以上、労働力の8%以上を占める自動車産業にとって、コメの輸入枠を再配分するコストは受け入れ可能な範囲だったといえる。

タイ側の深刻な状況

タイの対日コメ輸出は、すでに減少傾向にあった。2025年1月から7月までの7ヶ月間で、前年同期比で数量が19%減、金額ベースでは42%減と大幅に落ち込んでいた。この協定はこの悪化傾向をさらに加速させる。

輸出されるタイ米の約90%は、日本の食品産業において酒造や菓子製造などの産業用途に使用されている。この特定の品質を持つコメ20万トンの代替買い手を見つけることは、一般的な白米を世界市場で販売するよりもはるかに難しい。

タイのコメ業界は、世界市場からの圧力にもさらされている。主要輸出国であるインドが輸出を再開し、インドネシアやフィリピンといった主要な買い手が輸入を減少させたことにより、世界的な価格が下落している。国内価格もすでに下落しており、農家による抗議活動が発生していた。

タイ政府の対応と限界

スパジー・スタムパン大臣率いるタイ商務省は、歴史的な30万トンの枠を確保するために、日本との間で覚書を締結する外交努力を開始した。貿易振興局も日本へ代表団を派遣している。

しかし業界の見方は厳しい。タイ米輸出業者協会の名誉会長であるチューキアット・オーパッウォン氏は、以前の枠を確保することは「困難であろう」と公に述べている。日本は米国との協定に拘束されており、交渉の余地は極めて限定的だというのが現実だ。

タイは外交的なジレンマにも直面している。重要な経済パートナーであり投資国である日本を敵に回すわけにはいかず、また安全保障上の重要な同盟国であり他のタイ製品の主要市場である米国を疎遠にすることもできない。この状況は、報復措置を取る能力を著しく制約している。

大きな構造変化の一部

この問題は、世界の貿易システムが根本的に変化していることの表れでもある。ルールに基づく多国間貿易体制から、大国間の二国間取引が主流になる時代への移行が起きている。

タイのような中規模国家は、この新しい環境では構造的に不利な立場に置かれる。二国間のパワープレイが主流の世界では、大国間で結ばれる取引の副次的な影響を受ける立場に追いやられやすい。タイの日本市場での地位は、WTOの安定した枠組みの下で確保されていたが、その枠組みの精神から外れた二国間取引によって失われることになった。

米国は類似のアプローチを複数の国に適用している。ベトナム、インドネシア、フィリピン、韓国も同様に、高い関税を避けるために二国間協定を結んでいる。

今後の方向性

タイ政府と業界が検討すべき選択肢はいくつかある。

まず短期的には、影響を受ける農家に対し、過去に実績の乏しい価格操作ではなく、直接的な所得支援を通じた国内支援が考えられる。

中期的には、市場の多角化が必要だ。タイはアフリカ、中国、米国、カナダへの既存の輸出チャネルを持っているが、これらの市場は異なる品種や価格帯のコメを要求することが多い。新しい米品種、付加価値製品、ブランディングのための研究開発への投資も選択肢となる。

地域的な協力も一つの方向性だ。ASEAN内で協力し、大国経済圏との交渉において、各国が個別に狙われることを避けるための共同枠組みを構築することが考えられる。また、CPTPPのような包括的な貿易協定への加盟を積極的に追求することで、より安定的でルールに基づいた市場アクセスが得られる可能性がある。

長期的には、タイの農業政策の基本目標を転換することも選択肢の一つだ。輸出量の最大化から、品質、ブランディング、イノベーションを通じて農家の所得とセクターの収益性を最大化することへの転換である。

この危機は短期的には深刻な影響をもたらすが、長年先送りされてきたタイのコメ産業の構造改革を促す機会となる可能性もある。安定した市場への依存から脱却し、より競争力があり革新的で強靭な産業へと転換するための転機として捉えることもできる。

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