タイ小型セダン市場でハイブリッド競争が本格化 ~トヨタ、ホンダ、BYDの三つ巴~

タイ小型セダン市場でハイブリッド競争が本格化 ~トヨタ、ホンダ、BYDの三つ巴~ タイ政治・経済
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2025年後半、タイの小型セダン市場で注目すべき動きが起きている。トヨタがハイブリッドモデルを投入した。ホンダが価格を50,000バーツ引き下げた。BYDが現地生産のプラグインハイブリッドを低価格で発売した。わずか2か月の間に起きた3社の動きは、タイの自動車市場の構造を変えつつある。

ハイブリッド車(HEV)は、エンジンとモーターを組み合わせた車両だ。プラグインハイブリッド(PHEV)は、外部充電が可能で電気だけでも走行できる。バッテリー式電気自動車(BEV)は、完全に電気のみで走行する。これら3つを総称してNEV(新エネルギー車)と呼ぶ。

トヨタの防衛戦略

トヨタ・モーター・タイランドは2025年8月21日、人気のBセグメントセダン「YARIS ATIV」にハイブリッドモデルを追加した。価格は719,000バーツから779,000バーツ。1.5リッターのハイブリッドシステムを搭載し、燃費は29.4km/Lを実現している。

YARIS ATIVは2017年の発売以来、累計28万台以上を販売してきた実績がある。トヨタはこの強固な顧客基盤と、数十年にわたり培ってきたハイブリッド技術への信頼性を武器に、市場のリーダーシップを維持しようとしている。

ホンダの価格対応

ホンダ・オートモービル(タイランド)は2025年10月7日、主力ハイブリッドセダン「CITY e:HEV」の価格を50,000バーツ引き下げた。トヨタとBYDの動きを受けた対応だ。これにより、e:HEV SVモデルは679,000バーツ、e:HEV RSモデルは749,000バーツとなった。

この価格改定は、YARIS ATIV HEVと競合する価格帯への調整だ。BYDの価格設定にも対抗する狙いがある。市場環境が変化し、短期的な判断が求められる状況になっている。

BYDの現地生産モデル投入

2025年8月8日、BYDはラヨン県の自社工場で生産されたプラグインハイブリッドセダン「SEAL 5 DM-I」をタイ市場に投入した。注目されたのはその価格設定だ。Premiumグレードの発売記念価格は699,900バーツとされた。

SEAL 5 DM-Iは全長4,780mm、ホイールベース2,718mmのCセグメントのボディサイズを持つ。BYDは、Cセグメントのプラグインハイブリッドを、BセグメントHEVと同等の価格で提供している。バッテリー容量は18.3kWhだ。EV航続距離は120kmで、システム最高出力は197PSとなっている。

BYDはタイ政府のEV推進政策「EV 3.5」を活用している。他社に先駆けて現地生産体制を確立した。税制優遇を価格に反映することで、この価格設定を実現した。

市場の競争構造の変化

3社の動きが2025年8月から10月という短期間に集中している。市場が反応しやすい状態にあることを示している。BYDが8月8日に低価格設定を発表した。トヨタは同月21日にYARIS ATIV HEVでブランド力と信頼性を前面に出した。ホンダは両社の動きを見て、10月に価格を引き下げた。

この競争は、単なるスペック競争ではない。市場における価値提案の違いが表れている。トヨタとホンダは、長年培ってきた信頼性とブランド力を押し出す。BYDは、より大きな車体、PHEV技術、同等の価格という優位性で勝負している。

政府政策の影響

競争が活発になった背景には、タイ政府が2024年から2027年まで実施するEV推進政策「EV 3.5」がある。この政策は、購入補助金、物品税の減税、完成車輸入時の関税引き下げという3つのインセンティブを提供している。

重要なのは、これらの優遇措置を受けるための条件だ。「タイ国内での生産義務」が課されている。BYDは2024年7月にラヨン県の自社工場を稼働させた。この条件を競合他社に先駆けてクリアした形だ。税制優遇を享受し、SEAL 5 DM-Iの低価格設定を実現できた。

長年タイで生産を続けてきた日本メーカーも政策の恩恵は受ける。しかし内燃機関中心だったサプライチェーンの転換には時間を要する。新興勢力ほど迅速に政策を活用することは構造的に難しい。

日本ブランドの市場シェア変化

タイの自動車市場は数十年にわたり、日本ブランドが90%近いシェアを占めてきた。トヨタ、いすゞ、ホンダがトップ3を固めていた。強力なディーラー網と「日本車=高品質」というブランドイメージを築いてきた。

しかし2022年頃から状況が変わり始めた。BYDを筆頭とする中国のNEVメーカーが、タイ政府のEV推進策を追い風に本格参入した。先進的なバッテリー技術、デザイン、競争力のある価格を持つ。その結果、日本ブランドの市場シェアは2025年には71%となった。

2025年5月には、BYDが月間販売でいすゞを抜いた。トヨタ、ホンダに次ぐ3位に浮上した。タイ市場は、グローバルな競争の場となっている。

消費者への影響

消費者にとって、この競争は短期的には利益をもたらす。メーカー間の競争は車両価格の低下を促す。より多くの消費者が最新技術にアクセスできる。各社が装備の充実化を図る。消費者はより少ない投資で、より安全で快適な車を手に入れることができる。

より重要なのは長期的な価値観の変化だ。BYD SEAL 5 DM-Iの登場は、「大きな車は高い」「ハイブリッドといえばトヨタ」といった固定観念を変えつつある。今後は、伝統的なブランド名への信頼だけでなく、ボディサイズ、パワートレイン技術、バッテリー性能、保証期間、総所有コストを総合的に比較検討する消費者が増える見通しだ。

手頃な価格のPHEVの普及は、タイにおける車両電動化のペースに影響を与える可能性がある。日常の移動の大部分を電気だけで賄えるPHEVは、消費者に「自宅で車を充電する」という習慣を根付かせる。これはBEVへの移行における障壁を取り除く効果を持つ。

自動車産業への影響

この競争は、タイが「アジアのデトロイト」として築き上げてきた自動車産業のエコシステムにも影響を与える。BYDはラヨン県の工場稼働に伴い、自国の部品サプライヤーをタイに呼び込んでいる。タイ国内で新たなパートナーシップを構築している。これは、これまで日本メーカーを中心に形成されてきたサプライチェーン構造を変える動きだ。

タイの地場部品メーカーにとっては、挑戦であると同時に、ビジネスチャンスでもある。従来のエンジン関連部品の需要が減少する。一方で、バッテリーパック、駆動モーター、インバーターといったNEV特有の部品への需要が増える。この変化に対応できた企業が、次世代のサプライチェーンで生き残ることができる。

今後の展望

2025年に起きた出来事は、始まりに過ぎない。BYD SEAL 5 DM-Iの販売状況は、他の中国メーカーにも低価格PHEV/BEVの投入を促す可能性がある。タイ市場の電動化は、HEVからPHEV、そしてBEVへと移行していく見通しだ。

タイ政府のEV 3.5政策における現地生産義務が本格的に適用される2026年以降、各社の現地生産モデルが市場に投入される。価格競争はさらに進む可能性がある。

日本メーカーも対応を進めている。BKK IT Newsの見方では、2026年から2027年にかけて、トヨタやホンダは次世代のBEV専用プラットフォームをベースにした新型BEVをタイ市場に投入する可能性がある。その時、競争は車両本体の価格やスペックに留まらず、充電インフラの整備、バッテリーのサブスクリプションサービス、コネクテッドサービスといったエコシステム全体に広がる見込みだ。

タイで今起きている動きは、今後数年以内に、インドネシア、マレーシア、ベトナムといった他のASEAN主要市場にも影響を与える可能性がある。タイ市場はASEAN全体の自動車産業が内燃機関からNEVへと移行する過程の重要な市場であり、その動向を分析することは、この地域で事業を展開するすべての関係者にとって意味を持つ。

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