Spotify、AI生成7,500万曲削除 ~AIスロップ排除で変わる音楽産業の構造~

Spotify、AI生成7,500万曲削除 ~AIスロップ排除で変わる音楽産業の構造~ AI
AI

音楽ストリーミング大手のSpotifyが過去12ヶ月間で7,500万曲以上のスパム的トラックを削除した。これはSpotifyの全カタログ約1億曲の75%に相当する史上最大規模の措置だ。2025年9月25日に発表された新ポリシーは、AI生成音楽の爆発的増加に対するプラットフォーム側の明確な回答であり、音楽産業の構造そのものが変わりつつある現実を示している。

AI生成音楽の急速な浸透

競合のDeezerでは、日々アップロードされる楽曲の28%が完全にAI生成だと報告されている。SunoやUdioといったAI音楽生成ツールが一般化し、誰でも数分で楽曲を制作できるようになった。技術的には数秒で1曲を作れる時代だ。

これは音楽産業にとって2000年代初頭のNapster以来の地殻変動と言える。ただし今回は音楽の「流通」ではなく「生産」そのものが変容している点で、より根源的な課題を提起している。

この流れは1950年代のIlliac Suiteから始まり、2016年のGoogle Magentaプロジェクト、2023年のSuno・Udio登場を経て、2025年現在ではプラットフォームへのAIコンテンツ流入が深刻化している。2023年には「Heart on My Sleeve」というAI音声クローンがバイラルヒットし、2025年9月にはThe Velvet Sundownというバンドが商業的成功を収めたが、これがAI生成ではないかという疑惑が持ち上がっている。

Spotifyの三本柱ポリシー

Spotifyが発表した新ポリシーは3つの柱で構成されている。

第一に、なりすましポリシーの強化だ。AI音声クローンやディープフェイクを、本人の明示的許可なしに禁止する。これはアーティストのアイデンティティと声を保護するための措置だ。

第二に、新しいスパムフィルタリングシステムの導入だ。2025年秋から段階的に導入され、大量アップロード、重複トラック、SEOハック、短尺曲乱用を自動検知する。不正トラックはプレイリストやレコメンデーションから除外される。

第三に、業界標準クレジットによるAI開示だ。DDEX(Digital Data Exchange)と協力した新標準を開発し、AI利用の任意開示を可能にする。罰則はないが、楽曲のどの部分でAIが使用されたかを詳細に明記できる仕組みだ。

注目すべきは、Spotifyが「AIを全面禁止」ではなく「透明性と品質管理」を選択した点だ。これはプラットフォームとしての現実的な判断と言える。

他プラットフォームの対応と温度差

各プラットフォームの対応には温度差がある。Deezerは最も厳格で、独自AI検知ツールで100%AI生成曲を分離し収益化対象外としている。YouTube MusicはクリエイターにAI利用開示を義務付けている。一方、Apple MusicやAmazon Musicは詳細なポリシーを公表しておらず、慎重な姿勢を見せている。

法的な攻防も激しい。大手レーベルのUniversal、Sony、WarnerがSunoとUdioを著作権侵害で提訴している。AI企業側は「フェアユース」を主張して抗弁している。水面下ではライセンス交渉も進行中だ。米国議会ではNO FAKES Actという法案が審議されており、AI音声クローンを違法化する動きもある。

消費者の声と市場の反応

英国の消費者調査によると、80%以上がAI生成音楽に明確なラベル表示を求めている。人間の創造性が不可欠と考える消費者が大多数だ。この世論はプラットフォームの判断にも影響を与えている。

短期的には、スパム削除により人間アーティストへの1再生単価がわずかに改善する可能性がある。プラットフォームのユーザー体験も向上するだろう。他のプラットフォームも同様の措置を導入する可能性が高い。

音楽産業の構造変化

長期的には音楽制作コストがゼロに近づくことで、供給過多による価値低下が進む。1曲あたりの平均収益はさらに低下するだろう。市場は「人間のハイエンド市場」と「AIのマス市場」に二極化する可能性がある。

アーティストはストリーミング以外の収益源を重視せざるを得ない。ライブパフォーマンス、グッズ販売、ファンコミュニティとの直接的な関係構築が、これまで以上に重要になる。

文化的には「創造性の民主化」と「真正性(Authenticity)の危機」という二つの側面が浮かび上がる。人間らしさ、つまり不完全さ、感情、物語性が再評価される可能性がある。「本物のアーティスト」の定義が根本的に問い直されている。

プラットフォームの役割転換

音楽市場の価値源泉が「コンテンツそのもの」から「信頼できるキュレーション」「真正性の保証」「文脈の提供」へ移行しつつある。プラットフォームの役割は「中立的インフラ」から「積極的エコシステム管理者」へと転換している。

Spotifyのポリシーは業界のデファクトスタンダードとなる可能性がある。なりすましやディープフェイクといった特定課題への立法は加速するだろう。一方、著作権の根幹であるフェアユース解釈については、数年単位の司法判断を待つことになる。

国際的な規制の不整合は、グローバル企業に複雑なコンプライアンス課題をもたらす。各国の文化的・法的背景の違いが、統一的な対応を困難にしている。

今後の展望

BKK IT Newsとしては、この動きが音楽産業だけでなく、コンテンツ産業全体に波及する可能性があると見ている。AI生成コンテンツと人間による創造物の共存には、透明性の確保と品質管理の仕組みが不可欠だ。

企業にとっては、AIツールを活用しながらも、人間の創造性と真正性を保つバランス感覚が求められる。プラットフォームビジネスに関わる企業は、Spotifyの対応を参考にしながら、自社のガバナンス戦略を見直す時期に来ている。

技術の進化は止められないが、その使い方を決めるのは人間だ。Spotifyの決断は、AI時代におけるプラットフォームの責任とは何かを示す重要な先例となるだろう。

参考記事リンク