中国自動車大手チェリーのタイ市場への再参入~EV市場の競争激化と日系メーカーへの挑戦~

中国自動車大手チェリーのタイ市場への再参入~EV市場の競争激化と日系メーカーへの挑戦~ タイ政治・経済
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中国の自動車大手チェリー・オートモービル(Chery)が2025年後半、タイ市場へ公式に再参入した。バンコクのEmSphereで開催された大規模イベントでEV「V23」とPHEV「TIGGO8 CSH」の2モデルを発表し、「グローバルな存在から、タイと共に歩む生涯の旅へ」というメッセージを掲げた。

チェリーは22年連続で中国の乗用車輸出台数トップを維持しており、今回の参入はタイ政府が推進するEV3.5政策を最大限に活用した戦略的な動きである。初年度に国内30ヶ所以上のショールーム開設と、ラヨーン県への車両組立工場建設を計画している。

投入モデルの詳細と価格戦略

V23 EVは、レトロでモダンな箱型デザインが特徴のコンパクトEV SUVである。価格は2WD PLAYが689,900バーツ、2WD PLUSが749,900バーツ、最上位の4WD PEAKが879,900バーツに設定された。2WDモデルは最高出力136馬力のモーターと59.9 kWhのバッテリーでNEDC基準360 kmの航続距離を確保している。4WDモデルはデュアルモーターで合計出力211馬力を発揮し、81.76 kWhのバッテリーで430 kmの航続距離を実現する。

ユニークなデザインを大衆価格で提供することで、実用性だけでなくライフスタイル志向の顧客層をターゲットにしている。

TIGGO8 CSHは7人乗りプレミアムSUVで、独自のスーパーハイブリッド技術を搭載したPHEVである。システム全体で最大1,200 kmの航続距離を誇り、純粋なEVモードでもNEDC基準で95 kmの走行が可能である。4WDモデルはシステム出力501馬力、最大トルク735 Nmという強力なパワーを発揮する。価格は「90万バーツ台から」と示唆されており、日系メーカーが支配するファミリーSUV市場への攻勢を強めている。

チェリーの戦略的背景

チェリーはASEAN地域で「ツインハブ戦略」を展開している。マレーシアに10億リンギット超の投資を行い、右ハンドル車の生産拠点を確立した。ここからタイ、シンガポール、オーストラリアへの輸出を計画している。

タイへの投資は別途、タイ投資委員会(BOI)から承認を得ている。ラヨーン県の工場はフェーズ1で年間5万台、2028年のフェーズ2完了時には年間8万台の生産能力を持つ計画である。この二重の拠点戦略により、マレーシアは地域のハブとして柔軟な生産を担い、タイはEV3.5政策の補助金や税制優遇を最大限に享受する専用拠点として位置付けられている。

タイ政府のEV3.5政策

チェリーの参入を後押ししたのは、タイ政府が2024年から2027年にかけて実施するEV3.5政策である。この政策は1台あたり最大10万バーツの補助金、最大40%の輸入関税引き下げ、物品税を8%から2%へ引き下げるという手厚いインセンティブを提供する。

ただし、これらの恩恵を受けるためには厳しい国内生産義務が課される。2024年から2025年にかけてCBU車を1台輸入するごとに、2026年または2027年までにそれぞれ2台または3台の車両を国内で生産しなければならない。この政策は、メーカーにタイ国内への大規模な資本投下と長期的なコミットメントを強制する仕組みである。

BYD、GWM、NETA、SAIC、Changan、GAC AIONなどの中国ブランドがすでに進出しており、その投資約束額は合計で14億ドルを超えている。

市場への影響と競争構造の変化

チェリーの参入により、タイのEV市場における価格競争はさらに激化する見通しである。BYDはすでにAtto 3の価格を最大18%引き下げている。V23の攻撃的な価格設定とTIGGO8 CSHの高性能・低価格PHEVは、中国ブランド間の競争だけでなく、日系メーカーが支配するファミリーSUV市場にも影響を与える可能性が高い。

日系メーカーは、BEVとPHEVという二正面から圧力を受けることになる。TIGGO8 CSHの95 kmというEV航続距離は、タイの都市部における多くのユーザーの1日の平均通勤距離をカバーできるため、充電インフラが発展途上のタイにおいて強力なセールスポイントとなる。

チェリーはラヨーン工場建設により、直接的な投資と雇用創出をもたらす。さらに同社は、初期段階で45-50%、5年以内に70-80%の現地調達率を目指しており、最初のパートナーシップだけで21億バーツ規模の取引価値が見込まれている。タイの自動車部品サプライヤーは、日系企業との関係を深化させるか、急成長する中国EVエコシステムに対応するかという戦略的な選択を迫られることになる。

チェリーが直面する課題

チェリーはタイ市場で全くの新規参入者ではなく、過去に撤退した経験を持つブランドである。この事実は、消費者の間に根強い不信感を生んでおり、最大の障壁となっている。ショールーム、サービスセンター、工場といった物理的なインフラへの先行投資は、過去の過ちを繰り返さず、長期的に市場にコミットするという信頼回復のための重要なシグナルである。

最終的な成否は、製品スペックや価格以上に、堅牢で信頼性の高いアフターサービス・サポートネットワークを構築できるかどうかにかかっている。

今後の展望

タイのEV市場は、中国ブランドの投資により急速に成長している。価格競争が激化する中、最も信頼性が高く、広範囲で、迅速なアフターサービスネットワークを構築できたブランドが、最終的に顧客のロイヤルティを獲得し、価格競争から一歩抜け出すことができるだろう。

チェリーは世界レベルの製品と魅力的な価格戦略をタイ市場に持ち込んだ。最終的な勝敗を分けるのは、同社が世界レベルの長期的コミットメントをサービスとサポートの分野でもたらすかどうかである。この問いに対する答えが、チェリー自身の運命だけでなく、ASEAN全体の自動車産業の未来の競争地図を形作ることになる。

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