タイEC規制がTikTok Shopを標的に~影響力の大きいプラットフォーム指定で市場構造が変化

タイEC規制がTikTok Shopを標的に~影響力の大きいプラットフォーム指定で市場構造が変化 IT
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タイの電子商取引市場で重要な転換点を迎えている。電子取引開発庁(ETDA)が2025年10月3日、TikTok Shopを「影響力の大きいプラットフォーム」として指定したことで、同社は厳格な規制の対象となることが決まった。この措置は、急成長する電子商取引市場の健全化と公正な競争環境の整備を目指すタイ政府の戦略的な動きの一環である。

TikTok Shopが直面する規制強化

TikTok Shopは当初、「ソーシャルコマース」として登録することで規制を回避していた。ShopeeやLazadaといった競合他社が「電子商取引マーケットプレイス」として厳格な規制下で運営する中、TikTok Shopはより緩やかな要件の下で急成長を遂げてきた。

しかし、ETDAのチャイチャナ・ミットパーン長官は、TikTokが実質的にマーケットプレイスとして機能している以上、登録上の分類にかかわらず規制を適用すると明言した。この決定は、タイの規制当局が事業者の自己申告ではなく、市場における実際の機能を重視する方針に転換したことを示している。

影響力の大きいプラットフォームとして指定されたことで、TikTok Shopには以下の義務が課される。

  • 出店者の厳格な身元確認
  • タイ食品医薬品局(FDA)やタイ工業規格協会(TISI)管轄製品の安全性確保
  • 包括的なリスク評価と軽減措置の実施
  • 違法または基準未達の製品に対する迅速な通知・削除メカニズムの導入

これらの要件により、TikTok Shopの運営コストは大幅に増加し、これまでの急成長を支えてきた機動的な事業展開は制約を受けることになる。

二元的規制フレームワークの全貌

タイ政府の規制戦略は、二つの異なる機関による包括的なアプローチとなっている。

ETDAは2022年制定の「デジタルプラットフォームサービス(DPS)勅令」に基づき、プラットフォームの運営責任と消費者保護を強化する。2025年12月31日に発効する中間層の規制は、指定された19以上のプラットフォームに製品安全性確保や出店者の身元確認を義務付ける。TikTok Shopが該当する最上位の規制では、事前のリスク管理まで求められる。

一方、貿易競争委員会(TCCT)は「貿易競争法」に基づき、不公正な取引慣行を規制する。2025年10月までに発効が見込まれる新ガイドライン案では、以下の行為が禁止される。

  • 特定物流サービスの利用強制
  • アルゴリズムによる自社優遇や差別的取り扱い
  • 不公正な手数料設定
  • 出店者データの不当利用

この二正面作戦は、消費者被害と反競争的行為を同時に標的とする洗練された戦略である。消費者保護を図りながら、プラットフォームの過度な市場支配力そのものにも対処している。

規制強化の背景

今回の規制強化は、複数の要因が重なった結果である。

短期的には、オンライン詐欺の急増が大きな引き金となった。電子商取引は主要な苦情分野の一つとなっており、消費者保護が政治的な優先課題として掲げられている。中小規模の出店者からも、高騰する手数料や特定配送サービスの利用強制に対する不満の声が高まっていた。

また、2024年後半に発覚したThe iCon Group詐欺事件は、規制の緩い電子商取引モデルが内包するリスクを社会に突きつけた。同社はマルチ商法に近いネットワークを構築していたとされ、消費者保護委員会が登録を取り消す事態となった。

長期的な視点では、外国プラットフォームによる市場支配への懸念がある。タイの電子商取引市場は、シンガポールのShopee、中国のアリババグループ傘下のLazada、そして中国のByteDanceが運営するTikTok Shopという外国資本のプラットフォームによって寡占されている。タイ電子商取引協会のパウット・ポンヴィタヤパーヌ氏は、この支配構造が「タイの生産者を破壊している」と警鐘を鳴らしていた。

TikTok Shopの市場支配力

TikTok Shopがタイ市場で獲得した支配力は無視できない規模に達している。

利用者率ではShopee(75%)、Lazada(67%)に次ぐ51%を記録し、第3位の地位を確立している。市場シェアは21%に達するとの分析もある。2024年、TikTok Shop(Thailand)は120億バーツの収益を記録した。

同社の特徴は「ショップテインメント」と呼ばれるビジネスモデルにある。エンターテインメント、コミュニティ、商取引をシームレスに融合させ、ユーザーは動画コンテンツ内で商品を発見し、そのままアプリ内で決済まで完了できる。

この統合された体験により、ユーザーの55%が計画外の購入を行い、71%がフィードで偶然見つけた商品を購入した経験があると報告されている。これは検索や明確な購入意図に基づいて行われることが多い従来の電子商取引とは対照的である。

ただし、TikTok Shopの急成長を支えたビジネスモデルには、規制当局の介入を招く問題のある慣行が含まれていた。出店者からの報告によると、特定の物流業者であるJ&T Expressの利用を強制されているとされる。また、既存手数料に加えて新たな手数料を導入したことで、出店者の利益率を大幅に圧迫している。

ステークホルダーへの影響

規制強化は市場全体の力学を再構築する可能性がある。

TikTok Shopにとっては、運営コストと複雑性の増大が避けられない。特定物流業者との独占的提携モデルは放棄せざるを得ず、これまで築き上げてきたバリューチェーンの一部を損なうことになる。成長の鈍化も予想される。

中小企業の出店者にとっては、物流業者の選択肢が増えることでコスト削減とサービス向上につながる可能性がある一方、厳格化された本人確認や製品コンプライアンスの要件は新たな負担となる。

消費者にとっては、詐欺や安全基準を満たさない製品からの保護レベルが向上する。ただし、増加したコストが商品価格に上乗せされる可能性もある。

ShopeeやLazadaといった既存事業者にとっては、TikTok Shopの攻撃的な競争戦術の一部が無力化され、競争条件が平準化される。しかし、自社も同様に厳格な監視下に置かれることになる。

今後の展望

タイの新たな規制は、東南アジア地域において、イノベーション、公正な競争、消費者保護のバランスを取りながら、持続可能なデジタル経済を構築しようとする包括的な試みである。TikTok Shopへの焦点は、巨大デジタルプラットフォームの野放図な成長の時代が終わりを告げたことを示している。

このフレームワークの成否は、タイの規制当局が変化し続ける市場に対し、いかに機動的かつ実効性のある法執行を行えるかにかかっている。プラットフォームがコンプライアンスコストを手数料引き上げで転嫁すれば、一部の商取引がLINEやFacebookグループなど規制の緩い代替チャネルへ移行する可能性もある。

BKK IT Newsとしては、規制が市場に与える影響を継続的に監視し、意図せざる結果を早期に発見して対処する体制が重要になると考える。中小企業が新たなコンプライアンス要件に適応できるよう、移行期間中の支援策やリソースの提供も、規制の円滑な導入には不可欠だろう。

企業にとっては、この規制強化を単なるコストとして捉えるのではなく、信頼と安全性を競争優位性の源泉とする好機と捉えることが可能だ。物流パートナーシップの多様化や出店者教育への投資は、長期的な顧客ロイヤルティ構築につながる可能性がある。

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