2025年9月、中国テクノロジー大手によるAI半導体国産化の動きが報じられました。米国の厳格な輸出規制により高性能AIチップへのアクセスが制限される中、Huawei、Alibaba、Baiduなどが個別に、しかし同じ方向性でAIチップの自社開発を加速させています。
米国規制が生んだ「事実上の連合」
2025年9月30日、中国の巨大テクノロジー企業が協力して国産AIチップを共同開発するという報道がありました。各社は個別に自社製AIチップの開発を強力に推進しています。Alibabaは「Zhenwu」、Baiduは「Kunlunxin」、Huaweiは「Ascend」シリーズを開発しています。米国の制裁という共通の脅威に対し、同じ方向性の解決策を追求する「事実上の連合」が形成されています。
米国による一連の対中半導体輸出規制は、中国のAI開発能力を根本から削ぐことを狙っています。Nvidiaの高性能GPUなど先端AIチップへのアクセス遮断、製造装置やソフトウェアへのアクセス制限という「チョークポイント」戦略です。
揺れ動く米国の規制政策
米国の規制ポリシーは政権交代で複雑な変遷を遂げています。
バイデン政権期の2022年10月には、Nvidiaの「A100」や「H100」といったハイエンドAIチップの対中輸出が厳格に制限されました。トランプ政権期(第二次)に入ると、一部揺り戻しが見られます。2025年4月、Nvidiaが開発したダウングレード版チップ「H20」の輸出が一旦禁止されましたが、3ヶ月後の7月には禁止措置が解除されました。
注目すべきは、H20などの輸出許可の見返りとして、NvidiaとAMDに対し中国での売上高の15%を米国政府に納付させるという前例のない枠組みです。この政策の揺れは、国家安全保障を最優先する強硬派と、巨大な中国市場へのアクセス維持を求める産業界との対立と妥協を示しています。
米国の厳格な規制に対し、中国は多様な戦略で網をかいくぐろうとしています。クラウドサービスのレンタルで間接的に高性能チップを利用、規制の性能閾値内に収まるチップのダウングレード設計、深圳の華強北での密輸チップ取引などです。
技術的自立への転換点
米国の輸出規制は、短期的には中国のAI開発に打撃を与えました。しかし、長期的には技術的自立の重要性を痛感させる歴史的な転換点となりました。
これは1957年のソ連による人工衛星「スプートニク1号」打ち上げで米国が危機感を抱き、宇宙開発に総力を挙げた「スプートニク・モーメント」に似ています。外部からの衝撃が、国家レベルでの技術開発を加速させる契機となる現象です。
2018年のHuaweiへの制裁措置は、AlibabaやBaiduといった他の中国テクノロジー大手に「技術的独立は企業の生存条件である」という強烈な教訓を刻み付けました。米国の圧力は、皮肉にも中国の国家と企業を団結させ、自給自足への道を加速させる最大の要因となりました。
国家戦略「中国製造2025」と大基金
中国の半導体自給自足への取り組みは、2015年発表の国家戦略「中国製造2025」にその原点があります。この戦略は2025年までに半導体の国内自給率を70%に引き上げる目標を掲げました。
2025年9月時点で、この70%という目標の達成は困難な状況です。実際の自給率は40%程度に留まると見られます。しかし、成熟プロセス(28nm以上)の半導体や一部の製造装置では著しい進展が見られます。
「中国製造2025」を資金面で支えるのが、通称「大基金」と呼ばれる国家集積回路産業投資基金です。2024年設立の第3期基金は過去最大規模の約3400億元(約475億ドル)に達し、先端AIチップ、HBM(広帯域幅メモリ)、リソグラフィ装置といった分野に資金が集中投入されています。
中国最大のファウンドリであるSMICは、最先端のEUVリソグラフィ装置へのアクセスを遮断されているにもかかわらず、既存のDUV装置を複数回露光する工夫で7nmプロセスでのチップ生産に成功しました。2023年発売のHuaweiスマートフォン「Mate 60 Pro」に搭載され、世界に衝撃を与えました。2025年初頭には5nmクラスのチップの試験生産に着手したとの報道もあります。
各社の独自戦略
中国のテクノロジー大手はそれぞれ独自の戦略で国産AIチップの開発を進めています。
Huaweiは最も野心的です。AIチップ「Ascend」シリーズで極めて野心的なロードマップを公開しました。現行の「Ascend 910C」の生産量を2026年に倍増させ、2028年にかけて後継モデルを段階的に投入する計画です。さらに重要なのは、Nvidiaの「CUDA」に対抗する独自ソフトウェアフレームワーク「CANN」を開発し、ハードウェアとソフトウェアを一体化したエコシステムの構築を進めている点です。中国企業によるCUDA互換技術の開発は、Nvidia依存からの脱却という共通目標を示しています。
Alibabaは、自社のクラウドサービス「AliCloud」での利用を主目的として「Zhenwu」を開発しています。性能面でNvidiaの最先端チップを真正面から追うのではなく、中国向けの「H20」や一世代前の「A100」に匹敵する「十分な」性能を確保することに重点を置いています。「Zhenwu」は「CUDA」や「PyTorch」と高い互換性を持つように設計され、開発者が既存のコードを大きな手間なく移行できるようにしています。一方で、Alibabaは子会社T-HeadによるPPU(独自プロセッサ)開発も推進しており、Nvidiaとの戦略的ソフトウェア提携と自社チップ開発という二正面戦略を採用しています。
Baiduは、自社のLLM「ERNIE」とハードウェアを緊密に連携させる垂直統合モデルを追求しています。子会社Kunlunxinが開発する「Kunlunxin」チップは「ERNIE」の学習と推論の性能を最大化するために最適化されています。
各社の国産AIチップは、それぞれ異なる戦略的位置づけを持っています。Huawei Ascend 910CはNvidia H20に匹敵またはそれ以上、Alibaba ZhenwuはNvidia A100をわずかに上回るとされます。Baidu Kunlunxinの性能は不明ですがERNIEモデルに最適化されています。
グローバル半導体市場への影響
米国の輸出規制とそれに対する中国の自給自足戦略は、世界の半導体サプライチェーンに構造的かつ不可逆的な変化をもたらしています。かつてグローバルに最適化されていたサプライチェーンは、今や安全保障を軸とする「米国技術圏」と「中国技術圏」への分断に向かっています。
中国政府は国内のテクノロジー企業に対し、Nvidia製チップの購入を控え、国産チップの採用を促す指導を強めています。NvidiaやAMDは、中国市場向けの製品と、それ以外の市場向けの製品を別々に開発・供給するという二重の投資を強いられます。
短期的には、NvidiaやAMDは「H20」のような規制準拠のダウングレード版チップで中国市場での収益をある程度維持できます。しかし、HuaweiのAscendシリーズなどが性能面でNvidiaのミドルレンジ製品に追いつき、独自のソフトウェアエコシステムを確立すれば、米国企業は中国という巨大市場から完全に締め出されるリスクに直面します。
第三国企業への影響
この米中の技術覇権競争は、米国、中国以外の国の企業にも重大な戦略的課題を突きつけています。
半導体製造装置や高純度化学材料といった分野で世界的に高い技術力を持つ日本企業は、米中双方から戦略的に重要なパートナーと見なされます。米国の輸出規制を厳格に遵守しつつ、規制対象外である中国の成熟プロセス市場への供給をどう続けるか、極めて難しい舵取りが求められます。
サプライチェーンの二極化はもはや避けられない現実です。特定国への過度な依存を避けるためのリスク分散と、他国が追随できない技術的優位性の維持が選択肢の一つとして考えられます。
BKK IT Newsは、今後の世界のテクノロジー地図の行方を占う焦点として、SMICがDUV技術の限界をどこまで押し広げられるか、HuaweiのAscendエコシステムがNvidiaのCUDAをどこまで切り崩せるかに注目しています。この米中の競争の帰趨が、今後のグローバルな技術覇権のあり方を決定づけるでしょう。
参考記事リンク
- China’s leading big tech companies Alibaba and Baidu have begun …
- Huawei to double output of top AI chip as Nvidia wavers in China …
- China’s Quest for Semiconductor Self-Sufficiency | Centre for Emerging Technology and Security
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- China’s Alibaba unveils new AI chip to counter US tech restrictions