タイが超高齢社会に突入し、深刻な構造的課題に直面している。2025年9月28日の報道によれば、タイの高齢者の約半数が貯蓄を持たず、同様の割合が負債を抱える状況だ。公的債務は対GDP比64%に達し、法定上限の70%に迫っている。この状況は単なる人口動態の変化ではなく、財政破綻と経済停滞のリスクを伴う複合的な危機として現実化しつつある。
人口動態の急速な変化
タイの人口構造は驚異的な速さで変化している。2023年に総人口の20%以上が60歳以上となる超高齢社会に突入した。2040年までには国民の3人に1人が60歳以上になると予測されている。
最も深刻な問題は生産年齢人口の急減だ。2020年の4,320万人(総人口の65%)から2040年には3,650万人(同56%)へと大幅に減少する見込みだ。従属人口指数は2020年の3.6対1から2040年には1.8対1に悪化する。これは縮小する労働力が、より多くの高齢者を支えなければならない状況を示している。
タイは1960年代から家族計画政策を推進した結果、合計特殊出生率が急落し人口転換を達成した。しかし、この転換が高所得国への経済移行完了前に終結したことが、現在の危機の根源となっている。
財政の限界
人口動態の変化は国家財政に深刻な圧力をかけている。2025年4月時点で公的債務は対GDP比64.80%に達した。法定上限70%に危険なほど近く、財政余地を著しく制限している。
タイは1997年のアジア通貨危機以降、ほぼ毎年財政赤字を計上してきた。2025年度の財政赤字は対GDP比4.91%に急増し、持続可能な水準とされる1.72%を大きく上回る。これは一時的な問題ではなく構造的な不均衡を示している。
政府の医療費支出は2025年の対GDP比約10%から15年以内に12.71%に増加すると予測されている。公務員年金や医療費などの関連費用も2022年の対GDP比2.76%から2062年には4.31%に達する見込みだ。これらは削減困難な義務的経費であり、財政を硬直化させている。
政府歳入に対する利払い費の比率は2026年から2027年にかけて12%を超えると予測されている。これが現実となれば、信用格付けが引き下げられ、資金調達コストが上昇する悪循環に陥る可能性がある。
高齢者の経済的脆弱性
高齢者の経済状況は特に深刻だ。ほぼ半数が貯蓄ゼロで、半数近くが負債を抱えている。高齢者の3人のうち2人は全く貯蓄を持たず、100万バーツ以上の貯蓄があるのはわずか5%に過ぎない。
主な収入源は子供からの援助(35.7%)、就労収入(33.9%)、国家からの手当(13.3%)となっている。これは安定した年金制度のような制度化された支援ではなく、不安定な家族の扶養や個人の労働能力に大きく依存している。
家計債務は対GDP比89〜90%という歴史的に高い水準にとどまっている。これらの債務の多くは消費のためのローンであり、経済成長への貢献度が低い。すでに負債を抱えている生産年齢の子供たちが、同じく負債を抱える高齢の親を支えなければならない「二重の債務問題」が発生している。
社会保障制度の構造的欠陥
タイの社会保障制度は広範なインフォーマルセクターを包摂できなかった。労働力人口の大部分(約2,200万人)は農業従事者、露天商、フリーランサーなどのインフォーマルセクターに属し、体系的な退職貯蓄制度から排除されてきた。
制度に加入している人々でさえ給付は不十分だ。老齢手当は最低限のレベルであり、社会保障の保険料算出基礎となる賃金上限が月額15,000バーツと低く設定されているため、最終的な年金額も限定的となる。
無策がもたらす将来
構造改革が実行されなければ、タイは深刻な事態に直面する。縮小し高齢化する労働力は慢性的な労働力不足、生産性向上の鈍化、潜在GDPの低下を直接的にもたらす。公的債務と家計債務の二重の債務問題は国内需要、投資、経済全体のダイナミズムを抑制し続ける。
少数の若年労働者がより重い税負担を強いられるようになれば世代間の対立が激化する可能性がある。伝統的な家族による扶養システムは人口動態の重圧に耐えきれず機能不全に陥る可能性が高い。
財政危機が本格化すれば、教育、インフラ、医療や年金給付そのものを含む公共サービスの大幅な削減を余儀なくされる。国債の格下げが起これば国家の資金調達コストが急騰し、ソブリン債務危機に陥る可能性がある。
対応の方向性
タイの再生には財政、労働市場、社会保障にまたがる断固たる改革が必要だ。歳入徴収の効率化、税制の再構築、課税ベースの拡大が急務となる。同時に非効率な補助金の削減など歳出の合理化を進める必要がある。
定年年齢の段階的な引き上げは不可避だ。高齢労働者のための生涯学習やリスキリングを促進し、高齢者が経済活動に参加し続けられるような柔軟な雇用形態を創出する必要がある。
最大の課題は約1,500万人に上るインフォーマルセクター労働者を対象とした強制的な貯蓄制度の導入だ。正規セクターの社会保障制度についても現在の低い賃金上限を引き上げ給付の十分性を確保する必要がある。
シルバーエコノミーへの転換
高齢化する人口は負担であると同時に新たな経済的機会でもある。タイ開発研究所によれば「シルバーエコノミー」の市場規模は2023年の2兆1,800億バーツから2033年には3兆5,000億バーツへと成長する潜在力を持つ。
ヘルスケア、住宅、特殊食品、サービスといった分野が巨大市場を牽引する。しかし、この経済圏を育成するためには研究開発支援、明確な基準の設定、民間セクターのイノベーションを促進する政策が不可欠だ。
シルバーエコノミーの育成は重要な成長戦略だが、年金制度、労働市場、財政政策の根本的な改革なくして消費者となる高齢者層は購買力を持つことができない。構造改革と産業戦略は不可分一体のものとして推進する必要がある。
企業への影響
タイに事業展開する企業は複数の影響を受ける。労働力不足は人材確保と人件費を押し上げる要因となる。国内消費の低迷は売上成長を制約する。財政悪化により企業向け支援策の縮小や増税のリスクがある。
一方でシルバーエコノミーは新たな市場機会を提供する。高齢者向け商品・サービスの開発、ヘルスケア関連事業、介護サービスなどへの投資機会が拡大する。BKK IT Newsとしては、企業は人口動態の変化に適応した事業ポートフォリオの見直しを検討する時期に来ていると考える。
国際的な教訓
日本と韓国の経験はタイにとって貴重な示唆を与える。日本は高齢者や女性の労働参加率の向上、70歳までの雇用延長の導入において一定の成功を収めてきた。介護分野における外国人労働者の活用も重要な事例となる。
韓国は急速な高齢化と高い高齢者貧困率、枯渇の危機に瀕する年金制度という困難な課題に直面している。賃金体系や年齢差別に対処せずに雇用期間を延長しようとする試みは改革の難しさを示す教訓的な事例だ。
行動の時
タイが直面する人口高齢化、財政的緊張、経済停滞は相互に深く絡み合った複合的な危機だ。断片的な対応では解決不可能であり、包括的で統合された国家戦略が緊急に必要とされている。
人口動態と財政の圧力が制御不能になる前に行動を起こす時間は限られている。短期的な政治的利益を超えた国家の未来を見据えた新たなコンセンサスと、痛みを伴う改革を断行する強い政治的意志が不可欠だ。
参考記事リンク
- Thailand’s ageing society threatens fiscal collapse and drags down economy – Nation Thailand
- Nearly 50% of Thai elderly in debt with no savings – Nation Thailand
- No time to wait for Thai fiscal reform – Bangkok Post
- Public debt approaches legal limit, Thailand faces fiscal risks – Vietnam+
- Working-age population decreasing: NESDC – Nation Thailand