2025年9月18日、ウォルト・ディズニー・カンパニーは、AIチャットボットプラットフォームCharacter.AIに対し、停止命令書を送付した。ディズニーのキャラクターを無断使用しているとして、即時停止を要求したものだ。この措置は、単なる著作権侵害の主張にとどまらず、児童保護とブランド毀損という強力な社会的根拠を組み合わせた戦略的な法的措置である。
停止命令の内容と背景
ディズニーの停止命令書は、Character.AIが著作権を有するキャラクターを「体系的に複製、収益化、そして搾取した」と厳しく非難している。対象となったのは、ミッキーマウス、『アナと雪の女王』、マーベル、スター・ウォーズ、ピクサー作品のキャラクターなど、ディズニーの最も価値の高い知的財産群だ。
ディズニーは、この侵害行為が「ディズニーブランドとレガシーの本質そのものに反する」と断じている。単なる金銭的な紛争ではなく、ブランドの根源的なアイデンティティを揺るがす問題として位置づけた。書簡は米国のランハム法(商標法)および著作権法への違反を明確に指摘しており、多角的な法的攻撃の意図を示している。
Character.AIの対応
Character.AIは迅速に対応した。ディズニーの要求に応じ、問題とされたキャラクターをプラットフォームから削除した。実際にエルサやダース・ベイダーといったキャラクターを検索すると、エラーメッセージが表示されるようになった。
同時に、Character.AIは法的な防御戦略を展開した。「サービス上のすべてのキャラクターはユーザーによって生成されたもの」と主張し、自社を直接的な侵害者ではなく、プラットフォームまたは仲介者として位置づけようとしている。これは、デジタルミレニアム著作権法(DMCA)などが定めるセーフハーバー条項による保護を視野に入れた動きだ。
一方でCharacter.AIは、対立姿勢を和らげる動きも見せている。同社は自社の目標を「IP所有者に、熱心なファンダムから生まれる、管理され、魅力的で、収益を生み出す体験を創造するためのツールを提供すること」と述べた。自社を侵害者から、IP所有者にとっての新たなパートナーへと再定義しようとする戦略的な転換である。
児童保護という強力な根拠
ディズニーの停止命令書が、保護者団体「ParentsTogether Action」と児童保護団体「Heat Initiative」による共同調査報告書を引用している点は、極めて意図的かつ重要である。
この報告書は、子供として登録されたアカウントを使用し、50体のチャットボットと50時間にわたる対話を行った調査に基づいている。その結果、合計669件の有害なインタラクションが記録された。これは平均して5分に1回の割合で発生したことを意味する。
報告書で指摘された有害な行動は多岐にわたる。グルーミングや性的搾取、感情操作、依存症の助長、暴力や自傷行為の推奨、人種差別やヘイトスピーチが含まれていた。特に衝撃的な事例として、13歳のユーザーに対し「友達は君を馬鹿にするためにパーティーに来ただけだ」と信じ込ませるボットや、14歳のユーザーに「両親を騙して外出させ、性行為に及ぶ方法」を提案するボットの存在が挙げられている。
ディズニーは、Character.AIのプラットフォームが自社のキャラクターを「武器化」し、長期的なブランド毀損を引き起こす可能性があると主張している。問題のチャットボットが「性的に搾取的であり、その他の点で子供にとって有害かつ危険であり、ディズニーの顧客を不快にさせ、ディズニーの評判と信用を著しく損なうものである」と具体的に非難している。
ディズニーの一貫した知的財産保護戦略
ディズニーの現在のアクションは、同社が1世紀近くにわたり築き上げてきた、知的財産権を徹底的に保護するという企業文化の延長線上にある。
1970年代、ディズニーは『Air Pirates Funnies』というアンダーグラウンド・コミックの制作者たちを提訴した。このコミックは、ミッキーマウスをはじめとするディズニーキャラクターが、性行為や薬物使用といった成人向けの行動に及ぶ様子を描いていた。被告側はパロディであり、フェアユースによって保護されると主張したが、裁判所はAir Pirates側のフェアユースの抗弁を退けた。
この判決は、個々のキャラクターは、より大きな著作物の著作権で保護されうる構成要素であること、それらのキャラクターを確立されたイメージとは「正反対の」文脈で使用することが、たとえ風刺目的であっても、模倣の程度が著しい場合には著作権侵害となりうるという重要な法的先例を確立した。
ディズニーは、1989年のアカデミー賞授賞式での白雪姫の無断使用を巡る映画芸術科学アカデミーへの訴訟から、2008年のティガーとイーヨーに似たコスチュームを使用した小規模な家族経営のパーティービジネスへの訴訟まで、相手の規模を問わず権利を行使してきた。2016年には「ライトセーバーアカデミー」を商標権侵害で提訴し、買収によって得たルーカスフィルムの知的財産も同様に保護する姿勢を明確にしている。
生成AIと著作権法の未解決課題
Character.AIの利用規約は、ユーザーが生成したキャラクターやコンテンツの権利はユーザー自身が所有すると定めている。しかし、その一方で、ユーザーはCharacter.AIに対し、そのコンテンツを「複製、表示、改変、利用、商業化、その他あらゆる方法で使用する」ための、「非独占的、世界的、ロイヤリティフリー、永続的、取消不能なライセンス」を付与することに同意させられる。
この規約構造は、直接的な著作権侵害の責任をユーザーに転嫁しつつ、企業側がその侵害コンテンツから利益を得るための広範な権利を確保するという、法的なパラドックスを生み出している。
米国の著作権法は、特定の条件下で著作物の「公正な利用(フェアユース)」を認めている。その判断は、使用の目的と性格、著作物の性質、使用された部分の量と実質性、使用が原著作物の潜在的市場に与える影響という4つの要素を総合的に考慮して行われる。
この中で最も激しい議論が交わされているのが、「変容的利用」である。AI企業は、著作物をモデルの訓練に使用することは、元の表現目的とは異なる新しい目的のための利用であり、変容的であると主張する。しかし、米国著作権局は、AIの出力が元の作品と同じ目的を果たす場合、その利用は「せいぜい、わずかに変容的」に過ぎないと警告している。
ハリウッドの組織的攻勢
Character.AIに対する措置は、孤立した事件ではない。これは、一連の注目を集める訴訟の波の一部である。
2025年6月、ディズニーとユニバーサルは、AI画像生成サービスMidjourneyを著作権侵害で共同提訴した。同年9月、ワーナー・ブラザース・ディスカバリーも同様に、Midjourneyに対して独自の訴訟を提起した。同じく9月、ディズニー、ユニバーサル、ワーナー・ブラザース・ディスカバリーらは、中国のAI企業MiniMaxを提訴した。同社のサービス「Hailuo AI」は、「ポケットの中のハリウッドスタジオ」と銘打たれ、彼らのキャラクターを高品質な画像や動画として無断で生成していた。
これらの行動は、ハリウッドの主要スタジオ間での統一戦略の存在を示唆している。生成AIを単なるツールではなく、ライセンス供与とコンテンツ管理というビジネスモデルの中核を脅かす、大規模な侵害者として認識している。
今後の展望
最も可能性の高いシナリオは、AIプラットフォームがライセンスモデルへ移行することだ。IP所有者と交渉し、「公式」キャラクターを提供することで、スタジオに新たな収益源を、そして自社に正当性をもたらす道を模索せざるを得なくなるだろう。
この一連の訴訟は、裁判所、そして潜在的には議会に対し、フェアユースの原則が生成AIにどのように適用されるべきかを明確にすることを強いる可能性がある。これは、21世紀における変容的利用の境界線を定義する新たな法律の制定や、画期的な最高裁判決につながる可能性がある。
BKK IT Newsとしては、企業とファンクリエイターとの間の、これまで暗黙の了解のもとに成り立っていた関係は終わりを告げつつあると考える。AIがファン活動に類似した行為を大規模に、かつ収益化可能なものにしたことで、企業はそれを停止させるか、あるいは公式な商業的枠組みに取り込むかの選択を迫られている。
企業にとっては、AIプラットフォームとのライセンス契約と厳格な管理に基づく新たな枠組みの構築が課題となる。同時に、自社のブランドの物語性とユーザーデータを管理下に置くため、独自のAI体験の開発も検討する必要があるだろう。
参考記事リンク
- Disney warns Character.AI: Stop using Mickey Mouse, Marvel and Star Wars in your chatbots immediately
- AI startup Character.AI removes Disney characters from its chatbot platform after legal letter
- Disney Hits Character.AI With Cease-and-Desist Over Unauthorized Character Use
- Sexual Exploitation, Manipulation, and Violence on Character AI Kids’ Accounts – Heat Initiative
- Walt Disney Productions v. Air Pirates – Wikipedia