タイBOI新規則、2025年10月1日施行 ~従業員100人超製造業に70%タイ人雇用義務化

タイBOI新規則、2025年10月1日施行 ~従業員100人超製造業に70%タイ人雇用義務化 タイ政治・経済
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タイ投資委員会(BOI)が2025年6月5日に告示した新規則「BOI告示No. Por. 8/2568」が、本日2025年10月1日から施行されます。BOIの投資奨励を受ける製造業企業のうち従業員100人を超える企業は、タイ国籍従業員の比率を70%以上とする義務が新たに課されました。

新規則の背景と戦略的意図

この政策は単なる保護主義的措置ではありません。タイ政府の長期戦略「タイランド4.0」の一環として策定された、意図的かつ戦略的な政策手段です。根底には慢性的な熟練労働者不足という国内課題に対処し、外国企業からの技術移転を促進することで、タイ経済を高付加価値・イノベーション主導型へと転換させる強い意志が存在します。

BOIは1966年の設立以来、半世紀以上にわたり資本誘致を最優先してきました。しかし現在、タイは深刻な熟練労働者不足に直面しています。2029年までに100万人以上の高度専門職が必要とされる一方で、労働力全体のデジタルスキルが不足しています。この状況が「中所得国の罠」から脱却する能力を脅かしているのです。

今回の告示は、技術移転やスキル開発が自然発生的に起こることを期待せず、それらを投資優遇措置を受けるための必須条件として課すことで、目的を実現しようとする根本的な方針転換を意味します。

主要な規定内容

新規則の主な内容は以下の通りです。

タイ国籍従業員70%雇用の義務化

適用対象はBOIの投資奨励を受ける製造業企業のうち、総従業員数が100名を超える事業者に限定されます。サービス業や従業員100名以下の小規模製造業は適用除外です。

70%の比率は社会保険事務所(SSO)に登録されている正規雇用者の総数に基づいて算出されます。企業はコンプライアンスの証明として、毎月のSSO納付書類を提出する義務を負います。

施行スケジュールは二段階に分かれています。本日2025年10月1日からは、2025年6月5日以降にBOI認可証を取得した新規プロジェクトが対象となります。2026年1月1日からはそれ以前に認可証を取得した既存プロジェクトにも適用され、既存投資家には約3ヶ月間の準備期間が与えられています。

外国人専門家に対する新たな最低給与・資格要件

本告示は単一の給与基準ではなく、職位、年齢、経験、学歴を連動させた多層的な要件を導入しています。

役員レベルは最低月給150,000タイバーツ、最低年齢27歳、5年以上の関連経験が求められます。管理職・専門職レベルは最低月給75,000タイバーツですが、関連分野の学士号以上の学位を保有している場合は50,000タイバーツに引き下げられます。オペレーションレベルは最低月給50,000タイバーツです。

BOIは以前から外国人専門家の最低給与規制と製造業の現地化を推進してきました。今回の告示は、その政策を一層強化し、70%という具体的な数値目標を設定することで、現地化の取り組みを加速させる狙いがあります。

重要な変更点として、BOIの奨励を受ける全ての外国人専門家の給与は、タイ国内の法人を通じて支払われなければなりません。海外法人から給与を支払う形態は今後認められなくなります。

例外規定と裁量条項

本規則には柔軟性を確保するための重要な条項が含まれています。総従業員数が100名以下の製造業、全てのサービス業、滞在期間が6ヶ月以下の短期専門家は適用除外とされています。

さらに注目すべきは、優先度の高いまたは戦略的な製造プロジェクト、あるいは70%比率の遵守が現実的に不可能であると証明された場合に、BOI委員会が裁量で例外を認めることができるという条項です。

この裁量条項は、タイ政府が画一的な規制で全てのFDIを阻害するのではなく、国益に資する質の高い投資を誘致するための柔軟性を確保する「安全弁」として機能します。

企業への影響と対応策

新規則は外国投資家、特に製造業に対して多岐にわたる影響を及ぼします。

直接的には人件費の上昇とコンプライアンス遵守の複雑化が避けられません。人事戦略においては、外国人専門家への依存から、タイ人材の採用・育成・定着を主軸とする転換が求められます。

本日から新規則が適用される企業は、早急に自社の現在の従業員構成を監査し、70%の基準に対する現状を把握する必要があります。同時に全ての外国人スタッフの給与体系を見直し、新たな最低基準に準拠しているかを確認することが求められます。

中長期的には、外国人専門家が担っている主要な技術職および管理職を、段階的に現地人材に移行させるための複数年計画を策定することが求められます。これには社内研修プログラムへの投資、タイの大学との産学連携の強化、タイ人従業員のためのキャリアアップ制度の構築が含まれます。

新規投資を検討する企業は、これらの新たな労働規制を事業モデルに組み込み、人件費の上昇可能性や国内の熟練労働者の確保可能性を主要なリスク要因として評価する必要があります。

戦略的に重要なプロジェクトにおいては、70%比率の適用免除を申請するための論理的根拠の準備を早期に開始することが一つの選択肢となります。その際、タイ経済への技術移転計画や長期的な貢献を具体的に示すことで、より有利な条件を引き出す交渉が可能となる場合があります。

タイ労働市場への影響

本規則はタイの労働市場にも重要な影響を与えます。

奨励対象となる産業分野において、より高度で高給な雇用機会がタイ国籍者に創出されることが期待されます。対象となる専門職の賃金上昇やキャリアアップが促進される可能性があります。

一方で、新たに創出される需要に見合うだけの質の高いタイ人材を供給できるかという点が最大の課題です。もし人材供給が追いつかなければ、限られた人材プールを巡る企業間の競争が激化し、生産性の向上を伴わないまま人件費だけが高騰する「スキル・ボトルネック」に陥るリスクがあります。

この規制は意図せず、タイ国内で「人材獲得競争」を引き起こす可能性があります。高度なスキルを持つタイ人専門家にとっては給与上昇という恩恵をもたらす一方で、大規模な多国籍企業が提示する賃金水準に対抗できない、BOIの奨励対象ではない国内の中小企業にとっては、人材流出という深刻な打撃となりうる構造的課題も内包しています。

成否を分ける要因

BOI告示Por. 8/2568は、タイの産業構造を高度化させるという大きな潜在的利益を持つ一方で、FDIを抑制し、労働市場のボトルネックを深刻化させるというリスクもはらんでいます。

この政策はタイにとってハイリスク・ハイリターンな取り組みであると言えます。成否は規制そのものによって保証されるのではなく、タイ政府が教育・職業訓練インフラの改革を同時に、かつ迅速に実行できるかどうかに全面的に依存しています。

もし国内のスキルギャップが埋まらなければ、この規制はタイが誘致しようとしている質の高い投資そのものを阻害する大きな足枷となりかねません。しかし成功すれば、タイの経済構造を加速させ、持続可能な成長軌道に乗せるための重要な一歩となる可能性を秘めています。

BKK IT Newsの視点

本日から施行された新規則は、タイの製造業における外国人雇用のあり方を根本的に変える転換点となります。投資家はこの政策の運用状況と、それに伴うタイ国内の人材育成改革の進捗を、今後も注意深く監視していく必要があります。

規制への対応と同時に、タイの教育・職業訓練システムの改革動向を追うことが、今後のタイでの事業展開において重要な判断材料となるでしょう。2026年1月からは既存プロジェクトにも適用されるため、準備期間は限られています。

参考記事リンク