タイ政府クラウド基盤を5倍拡張へ ~GOV CLOUD 2025構想でデータ駆動型国家を実現~

タイ政府クラウド基盤を5倍拡張へ ~GOV CLOUD 2025構想でデータ駆動型国家を実現~ クラウド
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タイ政府が推進する「GOV CLOUD 2025」構想が本格稼働を迎えている。現在の4万仮想マシン(VM)から20万VMへの5倍拡張を目指すこの壮大な計画は、単なるITインフラ更新ではない。タイ全体をデータ駆動型国家へと変革し、「タイランド4.0」戦略の中核を担う国家規模のデジタル変革プロジェクトである。20億バーツ超の予算を投じて実現されるこの構想は、日系企業の事業環境にも大きな影響をもたらすことになる。

クラウドファーストポリシーからの戦略的展開

タイのデジタル政府構築の歴史は長い。1997年の政府情報技術サービス(GITS)設立に始まり、2011年の電子政府機関(EGA)設立、2018年のデジタル政府開発庁(DGA)改組という段階的な組織発展を経てきた。2016年頃に提唱された「タイランド4.0」では、生産主導型から技術・創造性・イノベーション主導型経済への転換が掲げられ、デジタル経済構築が重要な柱として位置づけられた。

決定的な転換点となったのは、2023年9月のクラウドファーストポリシーである。この政策により、すべての新規政府ITプロジェクトでクラウドソリューションが優先されることが義務化された。GoogleなどグローバルIT企業の意見も取り入れて策定されたこの政策は、各省庁に根強く残るオンプレミス投資を優先する慣習を打破する強制力を持つ。クラウドファーストからの逸脱には正式な理由説明が必要となり、政府全体のIT調達プロセスが根本的に変革された。

20万VM基盤で実現する「GDCC Open Data」プラットフォーム

GOV CLOUD 2025の中核をなすのが「GDCC Open Data」プラットフォームだ。デジタル経済社会省(DE省)、国家デジタル経済社会委員会事務局(ONDE)、国営企業の国家電気通信会社(NT)が主導する。処理能力を現在の5倍に拡張し、散在する政府データを統合・公開する計画である。

技術アーキテクチャは、マルチクラウド環境の統合が特徴だ。AWS、Microsoft、Google、Alibaba、Huawei、Oracleといったグローバルハイパースケーラーのサービスと、INET、NIPA、CloudHMなど国内プロバイダーを組み合わせる。NTが開発した中央集権的なクラウド管理プラットフォーム(CMP)による一元管理により、世界水準の技術アクセスと国内産業育成を両立させる戦略である。

2026年度予算では10億バーツ以上の初期予算が確保され、デジタル経済社会開発基金からの追加支援を含めると総額約20億バーツに達する見込みだ。この規模は政府最高レベルでの政治的・財政的コミットメントを示している。

プラットフォームは国家AI戦略の基盤として設計されている。品質の高い構造化された政府データの利用可能性は、タイの公共部門向けAI訓練の鍵と位置づけられ、公共データを「国家の戦略的資源」へ転換することを目指す。2025年6月までにデータ機密性分類基準が策定される予定で、200以上の機関のクラウド移行開始に向けた重要な指針となる。

法的基盤は2019年制定の「行政事務及び公共サービス提供におけるデジタル活用法」である。この法律は省庁間のデータ共有と統合デジタルサービス創出を義務付けており、GOV CLOUD 2025の法的根拠となっている。

データ主権と産業競争力の新局面

BKK IT Newsとしては、この構想がタイの長期的な産業競争力に与える影響は極めて大きいと考える。政府のデータ活用能力向上により、政策立案の精度が高まり、規制環境の予測可能性も向上する可能性がある。国家レベルでのデータ統合が進めば、経済統計や産業動向の分析精度も向上し、より効果的な産業政策の策定が期待できる。

一方で、課題も存在する。過去の政府機関からの大規模データ漏洩事件は国民の信頼を損なっており、サイバーセキュリティ対策の強化が不可欠だ。都市部と地方部のデジタルデバイド、省庁間のデータ共有を妨げる官僚主義的障壁も、プロジェクト成功を左右するリスク要因となる。

日系企業への戦略的示唆

日系企業にとって、GOV CLOUD 2025は新たな事業機会と課題の両面をもたらす。政府調達におけるクラウドサービス需要の拡大は、IT関連企業にとって大きなビジネスチャンスとなる。政府のデジタル化進展により、電子申請や行政手続きの効率化も期待でき、事業運営コストの削減につながる可能性がある。

政府はマルチクラウド戦略を採用し、特定のクラウドベンダーへの過度な依存を避けつつ、国内外のサービスを組み合わせる方針を取っている。

しかし、マルチクラウド戦略には日系企業が注意すべきリスクが存在する。この戦略は管理コストの大幅な増加を招く。各クラウドの専門家確保と複数倍の研修費用が必要となり、データ転送費用とセキュリティ設定の重複投資により運用コストが増大する。複数プラットフォームの統一管理とガバナンスが困難になり、管理の複雑化が避けられない。

データ分類基準の策定により、機密性の高いデータは国内保存が義務化される可能性があり、データ管理戦略の見直しが必要となる場合もある。

政府のデジタル変革が成功すれば、タイ全体のデジタル化レベルが向上し、デジタルビジネスの拡大基盤が整備される。一方で、サイバーセキュリティリスクの高まりに対応した投資や、政府データ活用に関する規制対応の準備も検討すべきだろう。

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